『 足音が…… 』

コツコツとハイヒールが、歩道を噛む音がやけに響くような気がする。
駅から自宅へと続く、二十数分の道のり、その半分まで来たときだろうか?
背後から自分とは別の靴音が聞こえているような気がする…いや、気のせいではない、すでに数分前から聞こえていたのだが、その足音をあえて無視していた。
なぜなら、その足音は数ヶ月前から聞こえているのだから…
初めて、その足音に気がついたのは、半年以上前の事だった…最初は変質者だとか痴漢、ストーカーの類を想像したが、足音が聞こえるだけで、足音を出している人物を見た事は無かった。
正体を確かめるために友人に頼んで待ち伏せをして貰った事もあるが、足音の正体は、皆目不明であった。
それどころか、この足音は自分だけにしか聞こえていないらしいことが判明する…自意識の過剰なのだろうか?軽いノイローゼ状態になっていく自分の姿を想像してしまう。
そして、一つの結論に達した…足音を無視するのだ、それしか方法が無かった。
足音を無視し始めて、一ヶ月も過ぎた頃だろうか、すでに無視することに慣れたある日、気がつく…背後で聞こえる足音が、だんだんと大きくなってきている事に…
長い直線道路で後ろを急に振り向いても、足音が消えるだけで何も見えない、歩き始めれば、その瞬間から足音が聞こえ始める…友人に話ても笑われるだけで相手にして貰えない…今では、恐ろしくなって、振り返る事も出来なくなっている…そして今日…足音は私の真後ろから、自分のハイヒールの靴音に重なるように聞こえるようになっていた。
耐え切れずに走り出そうとした瞬間、背後から腕をつかまれる、そしてそのまま建設途中で放棄されている、廃墟となったビルの中へと引っ張り込まれた。
「うっ!」
腕を?まれて、引っ張り込まれた瞬間と同時に口を塞がれて声を出す事が出来なくなる、同時にコンクリート打ち付けただけの床に押し倒され、着ている服を引き剥がされる、薄暗いながらも街灯があった外と違い、ビルの中は周囲を囲んだテントのせいで暗闇に沈みこんでおり、街灯の明るさに慣れた目には、暗闇だけしか映らない…無論、自分をこの場所の引きずり込んだ相手の姿も…それでも、黒い影が自分の上に覆いかぶさり、着ている服を引き剥がしていくのはわかる、自分の身体の上にいる男の荒い息づかいと生臭い息の臭いが、これが現実の出来事だと証明しているが…
何かが変だ、すでに口を塞いでいた掌は離されて、塞がれていないのに声を出せない…いくら暗いとは言え、だんだんと闇に慣れてきた目には、周囲の様子がおぼろげながら見えるのに、真上にいる筈の男だけが暗く黒い影としか認識できない…
恐怖が全身を支配する、これから見知らぬ男に犯されてしまうと言う恐怖ではなく、まるで別の恐怖…悲鳴を出したくても声が出ない、抗おうにも身体全体が痺れた様に動かない、それでも感覚はあり、自分に伸し掛かる男を認識していた。

スーツが引き裂かれボタンが千切れ飛び、コンクリの床に落ちる乾いた音が聞こえる、ブラジャーをずり下げられ、形が自慢のバストを剥き出しにされ揉まれる…乳房が揉まれて歪むのが解るが、乳房を揉んでいる筈の手が見えない、代わりに黒く透明な闇が乳房の上で蠢いている…
「うっ…うぅ…」
声が出せない…微かに呻く事だけしか出来ない…助けを呼びたくとも、悲鳴を上げる事すら出来ない…
腰を持ち上げられ、スカートを脱がされて行くのが解るが、抵抗しようにも身体が痺れた様になっており、思うように動かせず、身体を揺らす位しかできず、それは逆に自分を犯そうとしている黒い影を喜ばせるだけにしかなっていないようである…スカートが完全に脱がされた。
ビッ…ビリィィ――!!
ストッキングが破られていく音がする、破かれたストッキングの破れ目から指の様な物画が進入してきて、下着越しに股間を嬲る。
「あっ…うっくぅぅ…」
初めてではない、数は少ないが何人かの男性と性交渉はすでにしている…しかし、今までに感じたことの無い感覚が、触られた部分から身体全体に広がってくる…
下着越しに感じる指の感触、線に沿って上下に動き、押し付けてくる感覚…濡れだす自分を感じる。
「ふぅぐぅぅ…んぁあぅあぅぅ…」
意味の成さない声が漏れ出し始める、それは本能の奥底から漏れだす声…
股間を嬲った指先が離れていく…欲しい…もっと…欲しい…その思いは、かなえられた。
破かれたストッキングと濡れた下着が一緒にまとめて脱がされ、溢れ出した自分の体液で濡れた塊がとなっている代物がベシャリ…と、傍らに投げ捨てられる。
何かが身体に侵入してくる…潤った肉の間を蠢きながら、奥へ奥へと侵入してくる…それを、私は受け入れる…貪欲に…貪るように…

透明な黒い影が女を犯していた…乱れた服を押し広げ、その下半身に己を突き込んで、黒き透明な影は、女を犯し…女は、それを受け入れて喘ぎ声を漏らす。
肌蹴た乳房が揉まれ揺れ動く…惚けた様な瞳が虚空を見据える…下半身が揺れ動き、透明な黒き影が、その上で蠢きながら女を嬲り犯し続けていく…何時果てるとも無く、延々と嬲り続ける…

気がついた時には、全てが終っていた。
脱ぎ散らかっている服や下着、スカートを集めて着込み、ビルの廃墟から出て家に向かう…何が自分の身に起こったのかを完全に理解する事が、出来なかった…だから現状で最良の行動をとることにした。
最良の行動…それは、悪夢だと思い、全てを忘れ去る事…そして、それは正しい行動であった。

あの時以来、足音が聞こえる事は無かった…そしてだんだんと、あの時に事を忘れていく…一年の月日が過ぎ去った時には、あの出来事が現実であったかも、解らなくなっていた。
しかし…それは、ちょうど1年後に起こった…
夜…寝ている耳元で音がした…忘れたと思っていた音…足音が…
飛び起きた私は、電灯を点け周囲を見回す…それでも足音は止まない…どこから聞こえてくるのか、耳を澄ませて足音の元を探る…そして足音がしている場所を見つけ出す!
足音の場所…それは、自分の胎内からであった。
電灯が不意に消え去る、それと同時に透明な黒い影が湧き出すように現れる…私の股間から!
湧き出した影は、人の形をとるとその場から消え去るのと電灯が点くのは、ほとんど同時だった。
足音が、再び聞こえた…しかし、その足音は遠ざかっていく足音であった…足音は遠ざかり…やがて、完全に消え去る…
それ以来、私はあの足音を聞く事は二度と無かった…


                                                            終

                                              
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