空中捕食者

                               【 バルーン 】




何故そのエルフの少女が、その場所にいたのかは不明であった。
しかし、少なくとも、この付近に在住する者ならば、この場所がそいつの捕食行動範囲圏であり、非常に危険な場所であると言う事は、知っているはずであった。
そして、そいつがそのエルフの少女を獲物として認識して、捕食行動に出た瞬間を私は目撃した。

そのエルフの少女は、地面に座りこみ何かを懸命に探しているようであった。
何を探しているのだろうか?
興味を引かれた私は、エルフの少女を遠くから観察する、宝物狩人として培った観察眼は、そのエルフの少女の特徴を余す事無く見定める、身長は140センチ前後、細身ではあるが、出るべき個所は出ており、少女から大人の女に成長して行く寸前の、一瞬の美を身体からあふれさせている微妙な美しさを見ることが出来た。
少し面白いのは、眼鏡をつけている点であろうか?時折その眼鏡に手をかけながら、なにかを必死に探し回っている、その度に長い金髪が風にそよぎ、身につけている薄手の衣服から見え隠れする肌や、細く、長く、華奢な手足が美しくも愛らしい、そしてエルフ族の特徴と言える長い耳が時おりピクピクよ動くのが何故か、楽しくなってくる。
そのようなエルフの少女を眺めていた私の目に、何かが映し出される、蒼い空を背景にしていたせいか、少女はその存在にまだ気がついてなかった。
だが、私はエルフの少女の上方に漂う半透明の青い塊と、その塊の下から垂れ下がる十数本の触手に気がついた。
『バルーンだ!!』
私は、とっさにその蒼い塊の正体に気がついた。
空中捕食者バルーン!辺境の地において恐怖を持って語れる生物!
私がエルフの少女に警告の声を出して、駆け出した時には、すでに遅かった…

空中から垂らされた触手の一本が、エルフの少女の身体に触れた、その瞬間にエルフの少女は雷にでも打たれたかの様にビクッ!身体を硬直指させ動きを止めて、次の瞬間にはその場に倒れこむ…
そして、倒れこんだエルフの少女の身体の上に、蒼い半透明な塊、バルーンと呼ばれるそいつ、空中浮遊性の捕食生物がゆっくりと覆い被さっていった。

私は、エルフの少女を助け出そうと、覆い被さるバルーンに近寄った時に、結果として恐るべきシーンを目撃する事になった。
半透明のバルーンの身体の中にエルフの少女は、完全に捕り込まれていた…
しかも不幸な事に、捕り込まれたエルフの少女は生きているのだ!

長い金髪が蒼い半透明な傘の中に、乱れて漂っている、そして弱々しく蠢きながら、恐怖と絶望に満ちた瞳を、透明なバルーンの身体越しにこちらに向け、助けを求めるかのように見つめていた…
私は、なんとかエルフの少女を助け出そうとしたが、傘の周囲に蠢く触手により近寄る事が出来ずに、比較的至近距離から、ただバルーンの体内に取り込まれているエルフの少女を見ていることしか出来ずにいた。
エルフの少女は、バルーンの仲で蠢きながら、その手に握り締めている一握りの草を私の方に必死に差し出している、そして目で何かを哀願しているが、その意味を私はこの時点で理解する事ができなかった。
捕りこまれて数分後にエルフの少女は、消化され始めた…
エルフの少女の身につけていた衣服が、溶けるように消え去り肌が露になって行く、やがて、肌の色が蒼い半透明の傘の中に滲みこんで行くように同化して行く…
蒼い半透明の塊の中で、衣服を完全に溶かされ、全裸となったエルフの少女が生きながら消化され吸収されて行く恐怖と絶望に、麻痺毒によりほとんど動かない身体を蠢かす…
助けを求めるかのように口がピクピクと動く、見開かれた瞳から涙が滲み出していくのがわかる、だがその時点でも、エルフの少女は解けて行く身体で、必死に手を伸ばし続けているのは変わらかった。

時間すれば15分にも満たない出来事であったが、溶かされ吸収されていくエルフの少女の最後を見ていた、私には永遠とも思われるほどの時間であった。
やがてエルフの少女を完全に吸収したバルーンが、風に吹かれるように飛び去ったあとには、エルフの少女が身につけていたと思しき貴金属の装飾品と眼鏡などが、僅かに残されているだけであった。

現場に残された装飾品から、エルフの少女の身元が判明した…
そのエルフの少女の名前はミリアと言った、そして、同時に、何故このような危険な場所にいたのかも判明した。
里人の証言によると、里の外れに姉妹で棲んでいたエルフの姉であり、病気により高熱を出した妹(レミィという名前であった)に薬草を与える為に、バルーンの捕食地域である、危険地帯のこの場所にしか生えない薬草を探しに来たらしいという事が判明した…
そうだ、あの最後の瞬間に、バルーンに中に捕り込まれながらも必死に伸ばされた手は、助けを求める為ではなく、摘み取った薬草を妹の元に届けてほしかったのである。
それを知った時に、私は何も出来なかった自分を恥じ、せめても償いにと、高熱を出していた妹エルフを保護し、薬を与え病気を治した…それが、あの最後の瞬間に自分を見つめたミリアに対して、できるただ一つの事であると思ったからだ。
そう、その時はそう思っていたのだ…心の奥底に芽生えた、もう一つの欲望を満たす為だという事に、自分自身気がつかず…もしも、それに気がついていたなら、レミィを引き取る事は無かったであろう。


                                追補


姉を亡くした事により、憔悴しきったレミィが元のように明るく微笑むまで一年の歳月が過去る…

今では、私をまるで、父のように、兄のように、そして恋人のように私を慕うレミィ…
そして私もレミィを愛する、娘のように、妹のように……そして恋人のように愛する。
しかしレミィを愛しながらも、心の奥底で何かが灯るのを吹き消す事ができなかった。
それは、レミィの姉、ミリアの最後の瞬間……バルーンの中に、解け消えていく命の揺らめきの美しさ……
そして私は、レミィを姉のミリアが亡くなったこの場所に連れて来る、そう私はもう一度見たかったのだ…
あの時、バルーンに捕食され、恐怖と絶望に歪ませたミリアの表情を、溶かされ吸収されていく姿を…もう一度…
そこに、この世の物ではない美を見てしまったのだ…

空を見上げる、あの時と同じようにバルーンの姿が見える…
私は、レミィの背を軽く押して、バルーンの方に歩かせた。私を信じ切っているレミィは、疑問もいだかずにバルーンの下に歩いていく…

そして…バルーンの触手がレミィの身体に触れた…


                                                         終

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