薬をコーヒーに入れるのを止める。


                                    


 コーヒーの中に薬を入れようとした手が止まる。
(私は、何をしようとしているのだろう……)
 いま自分がしようとしている事、その愚かさに突然気づく……薬を使って、あの男を殺せたとしても、その事実を永遠に隠し遂せる筈も無いのだ。
 コーヒーに入れようとした睡眠薬の包みを律子はポケットの戻す。そして律子は、そのコーヒーを居間のソファの上で座って待っている男に、黙って何時もどおりに差し出した。

 何時もの様に男は、コーヒーを飲もうとカップへと口を近づけ、最初の一口を口に含んだ時に、少々意外そうな表情を浮かべるがコーヒーを飲み乾す。
 そして綺麗に飲み乾したコーヒーカップをテーブルに置いて言う。

     

「何か薬でも……毒薬でも入れるかと思っていたが、入れなかったようだな」
 その言葉を聞いた瞬間に、律子の顔が蒼褪める。
「何だ、入れるつもりだったのか……まあ、いいさ」
 蒼褪めた律子の顔を見ながら、男が笑みを浮かべながら言い、そして言葉を続ける。
「妊娠三ヶ月目だそうだな……」
 はっ!とした表情で自分を見詰める律子を、浮かべた笑みの中に面白そうな表情を見せて眺める男は、更に言葉を続けた。
「この前に旦那さんと酒を飲んだ時に、嬉しそうに話してくれたよ……二人目の子供が出 来たってな、自分の子供かも解らないのに」
「主人の子供です!絶対に私と主人の子供なんです!」
驚くほどに大きな声で叫び、男を正面から見る律子、その反応をどこか嬉しそうと言うべきか、奇妙な表情で見た男は、自分を見る律子から顔をそらす様にしながら言う。
「終わりにするか、この関係を……」
「えっ?」
「ああ、今日限りで御終いと言う事さ……そうして欲しいんだろ?」
「ほ、本当なんですか」
 顔を元に戻し、信じられないと言う表情で自分を見る律子の姿を、どこか覚めた表情で男は見ながら言う。
「ああ、本当だ……俺自身も、もう先が無い事だしな」
「先が無い?」
 意味不明な男の言葉、思わず聞き返す律子
「あと持って半年……癌だそうだ」
 男は笑みを浮かべる……それは、今まで律子が見た事も無い、哀しい笑みであった。
「本当なんですか……」
「悪い事に間違いないそうだ。俺には身内が誰もいなくてね、医者に直接告知されたよ、準備をして置きなさいとね……だから御終いさ、医者に言われたとおりに準備をしなくちゃな、ちょうど良かったじゃないか……なあ?」
 どう反応をすれば良いのか、戸惑う律子……そんな律子を見ながら、男は言う。
「だから最後の頼みがある、断りたければ断ればいい、別に断られたからと言って、俺が死ぬまで関係を続けようなんて事は言わない」
「……何を頼みたいのですか」
 一瞬の沈黙の後に律子は聞き返す。
「奥さんを、もう一度だけ抱きたい……」
 それは予想された頼みであった。


                                    


「あっ!うんっんはぁ!」
 居間の床、その場所に横たわって律子は、男の愛撫を受け入れている。

       

犯されているわけではない……少なくとも、今までの様に律子の意思を無視した蹂躙ではなく、律子の方も最初から男を受け入れ、愛撫に身を任しながら快感を味わい、官能の喘ぎ声を漏らしていた。
 断れば断れたかも知れない、確かに律子が抱かれる事を拒否すれば、男は怒り狂い強引に犯すと言う事をした可能性は零ではない、だが断ったとしても今の男が、暴力に訴えるとは律子には思えなかった。
 だからこそ律子は逆に、男の頼みを受入れしまった……どうして、このような願いを受入れてしまったのか、本当の所は律子自身にも解らなかったが……
 無言のまま、その場で着ている服を脱ぐ……それが男に対する返事であった。
 何も言わず裸となり、その場に横たわる律子に男が覆い被さる。当然の様に男も服を脱ぎ捨て全裸であった。
 そして男の愛撫が始まり、律子は最初からその愛撫に身をませた。
今までに何度も抱かれているが、その全ては律子の意思に反した凌辱であり、律子はその行為を受け入れる事を拒み続けた。
(少なくとも、理性を保っていられる間は、男の愛撫を受け入れまいとした……)
 だが今回は、最初から男の愛撫を積極的に受入れ、その行為に身を任せ漂い続けながら、声を出す事すら躊躇わずに出しつづけていた。
 男の愛撫によって白くなっていく心の内、その微かに残った心の中に、今までの事が走馬灯に蘇り消えて行く……最初に、この場所で犯された時に、助けを求める私を無視をして眠っていた夫、薬を使われて仕方がない事だったとは言え、私を犯そうと考える男を連れ込んだ事と共に、腹立たしさを覚えた。
 そして私を侵し続ける男、階段の途中で犯された事もある。キッチンで犯された事もある。便所の中で、夫婦の寝室で、子供部屋で……何度も犯され続けた。
 家の中ばかりではなく、ラブホテルに連れ込まれ犯され、車の中で犯される。抵抗も抗いも、哀願の悲鳴すら無視され、男は何度も執拗に私の肉体を犯し続けた。
 最初に見た時に一目惚れしたと言いながら、私の肉体を夢想して何度も自慰をしたと言いながら、欲望の赴くままに凌辱しつづける男……恥辱に塗れた肉体関係であり、当初は苦痛のみが植えつけらていた。しかし、何時しか男の責めを快感に感じ始める私が存在し始める。
 それを否定し、悟られまいと耐え続けたが、何時しか男の愛撫を受け入れ始める私が存在し、肉の喜びを受入れ始めていた。
 それを積極的に受入れた事は無い、犯された結果としての屈辱の快感……そうだと自分に言い聞かせながら、男の責めによる快感を受け入れ、最終的には快楽に身を任せ始めていた。

 その快楽を、今回は最初から否定せずに受入れる。それどころか自分の方から、その快楽を求めながら、男に送り返す。
 揉まれる胸を押し当て、唇を奪う接吻を自ら望み、重ねあわされた唇から舌を潜り込ませ激しく吸う。互いの唾液が溢れ返りながら、肌を濡らし汚して行くのも構わずに、激しく抱き合いながら互いを貪りあう。
「あっ!ああぁぁっ!あぁーー!」
 高く上げられる快楽の叫び、揉まれる胸が激しく吸われ、ぷっくりと突き出した乳首が舌に嬲られる。濡れた乳首がてらてらと鈍く輝き、唾液で濡れた乳房がぶるぶると震えながら揉まれ形を変えて行く、柔らかく減り込んで行く指先と、それを押し返す豊かな弾力、痙攣するように身体がピクピクと動きながら、加えられる愛撫に応え反応して行く、すでに股間は濡れきり、透明な液を滴らせながら挿入を待ち侘びている状態であり、律子は感情の赴くままに言う。
「入れて……おねがい、はやくっ、はやくぅぅ……あっうぁ!」
 言われるまでも無く、男は律子の腰を持ち上げるようにして、一気に自分のペニスを股間へと挿入し、その熱くたぎった肉壷の感触を堪能しながら、愛撫を繰り返し続ける。
「うっ!くぅふぅぅ……はぁぁんっ!」
 素直と言うよりは、貪欲に自分に与えられる快感を貪り、その結果として吐き出される喘ぎ声を押さえようとせずに、律子は男との交わりを味わい受入れ続けていった。

     

 ペニスが挿入されたまま体位が入れ替わり、下に組み敷かれていた律子の身体が男の上となり、その身体を突き上げられる。その度に震える乳房がぶるぶると揺れ動き、滲み出してきた汗が男の上に落ちて行く
「うんっ!うんあっ!あっ、ああぁぁぁーー!」
 小さな星のような痣がある男の胸、そこに手を置き身体を支えながら、膣を捏ねられ突き上げられる快感を味わい、そして男から伸ばされた手が、揺れ動く乳房を愛撫すて行くのを感じる……それに身を任せ、喘ぎ声を淫らに吐き出しながら律子は、どんどんと上り詰めて行き、その上り詰めて行く感覚が頂点に達した瞬間に、自らの胎内へと放出される物を感じ取る。
 今までに自分の胎内へと放出された物とは違う感覚……それが広がりながら、自分の身体に染み込みながら同化して行く様な、不思議で満足感を覚えながら律子は、自分の魂が抜け落ちていくような喪失感と満足感を得ながら、意識を失い男の上に倒れ込んだ。


                                     


 腕に抱いた小さな命に、私は乳をあたえる。小さな桜色の唇が、懸命に乳首に吸い付きながらンクンクと母乳を飲んで行く、その姿を夫と子供が、どこか羨ましそうな顔をしがら見ている。
 無心に乳を飲み続ける赤ん坊を見ながら、私は思いをはせる……あの日以来、約束通りに男は、私の前に再び姿を現すことは無くなった。
 そして出産の直前に、見舞いに来た夫が話した言葉によって、私は男がどうなったかを知った。

「ほら、俺の酒飲み仲間の奴、以前に何度か家に送ってもらった事のある奴なんだが、病気で死んだそうだ……」
 どの様な流れで、その男の事が話題になったのか忘れてしまったが、夫の言った言葉に、それ程ショックを受ける事は無かった……無かった筈であったが、夫が家に戻り、一人になった時に、激しい哀しみを覚え、涙が止めども無く流れ落ちるのを感じた。

 赤ん坊に乳をあたえながら、そんな思いに心が移ろってしまう……何故なら、私が産んだ愛すべき子供の胸には、小さな星型の痣があった……あなお男と同じ様な、小さな星型の痣が……
 これは秘密……幸せな家庭を壊さない、私だけが知っている秘密……乳を無心で飲む赤ん坊、私はこの子を愛せるだろう。

       

私はこの子を愛し、そして一緒に生きて行く……私の子供として、夫の子供として、子供の妹して……私だけが知っている秘密を永遠に、胸の中だけに仕舞い込みながら……



                                         おわり



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