巴里の炎使い〜ロベリア


                               『 パン 』 


 欧州大戦…1914年7月28日…開戦〜1918年11月11日…終戦
 文字に表すと、わずか一行にも満たない事柄であるが、この一行にも満たない裏には、戦死者約1000万人、負傷者約2200万人と言う恐るべき数字が織り込まれていた。

 1905年11月13日に彼女――ロベリア・カルニーリは、イタリア人の父・カリオン・カルニーリ、ルーマニア人の母・ヒルディア・カルニーリの長女として、「森の彼方の国」と呼ばれるトランシルヴァニアで生を受けた。
 不幸にも母親は、彼女が5歳になった時に流行り病で亡くなったが、一人残された彼女を父親は深い愛情を注ぎ育て上げ、彼女は愛情を糧として素直に成長をして行く事になるが、彼女が九歳になった年に欧州大戦が始まった。
 イタリア軍の兵士として出征していく父親の後姿を見ながら、二度と父と会う事が出来ないであろうと感じたのは、彼女が持って生まれた高い霊力のせいであろうか?
 そして実際に父親は、1917年に起こった「カポレットーの戦い」において戦死する事となり、ロベリアは天涯孤独の孤児となってしまったのは、ロベリアがようやくに12歳になった時であった。
 ――父が戦争に行く前に娘に託した言葉……
『もしも、自分に何かがあったら巴里(パリ)の親戚のところに身を寄せるんだ……』
 その言葉に望みを託して彼女は、終戦直後の巴里にへと向かう事になる。身の回りの品を全て売り払い、その僅かばかりの金を旅費として……1919年の春の事であった。
 しかし、戦後の混乱は残酷な形で彼女を襲う。頼るべき親戚は、すでにパリに存在せず、故郷に帰る術すらない(主に金銭的な理由で)14歳の娘が、パリで生きていく方法は、一つだけしか残されていなかった。

「あひっ!」
 まだ幼さの残る少女の身体を男は責めさいなむ、金を払った分だけの楽しみを充分に味わい尽くす。それが、男の考えであり行動であり、男を喜ばす手段すら知らない、ある意味無知な彼女には、男の行為に対して耐える事しか出来なかった。
 服を剥ぎ取られた未成熟な肉体、飢えにより肋骨が浮き出し始めている肉体、だが膨らみを見せ始めている乳房は、男にその未成熟さと飢えた肉体を忘れさせる。
 胸にのせられた掌が乱暴に握り締められ、その乳房を歪ませ嬲る。二つの乳房の間に顔を埋めながら舌を這わせる男の愛撫、涎が塗り込められ、その涎が皮膚の上を流れ落ちて、古く汚れたベッドに零れ落ちる。
「いうっ!」
 胸を揉み上げ指で乳首を摘み悲鳴をあげさす。
 脅え緊張した肉体をほぐす様に撫で摩り、乳房を揉んで乳首を責める……それは、男にとっては快感を搾り取る為の愛撫であっても、嬲られるロベリアには拷問以外の何物でない、誰にも触れさせる事すらさせなかった場所を這いまわる掌と舌先、指先が乳首をこりこりと摘みあげ、下が乳房を嘗め回す。
 すでに唇は奪われ、口の中へは射精すらされている――口の中へと突きこまれた肉塊の感触……男が、口の中にペニスを突き入れる時に言っていた言葉……
『俺のソーセージは美味いぞ、味わって食いな!』
 侮蔑的な言葉であったが、確かに突き込まれた肉塊は硬く膨らみ、サラミソーセージを思わせる感触であったのを、奇妙に感じる。
(ある意味、それ程までに彼女が飢えていた証かもしれない)

 その肉塊を口の中で蠢かした末に吐き出したのは、生臭く塩味のする粘液……それが、口の中に吐き出され、喉を滑り落ちて腹の中へと落ちて行く、吐き出す事は許されずに全てを飲み込むように強制され、それを全部飲み込み終えた後に男は、ポケットからパンを一塊取り出す。
 数日振りのパン――男は、それを半分に千切ると、その半分をロベリアに手渡し言う。
「俺は優しいからな、まずは前金だ。残りは全部終わってからだ」
 手渡された半分のパン、それを貪るように食べるロベリア――唇の端にこびり付いている精液、口の中に残っている精液の残滓、それらは気にならなかった。
 数日ぶりに食べるパンは、古く硬くなっていたが、例えられないほどに美味であり、生きる活力を与えてくれる。
 しかし小さなパンの半分であるパンの欠片は、直ぐに食べ尽くされてしまう。手にこびり付いたパン滓を舐め、口の中に残っているパンの欠片を全て飲み込んだとしても、飢えは収まる事無く――それどころか、逆に少しのパンを腹に入れた事により、飢えはいっそう烈しくなり、新たな食べ物を求め始める。
 男は、残された半分のパンをポケットに仕舞う。そしてロベリアに命じた……服を脱げと……

 命じられたとおりに服を脱いだロベリアの肉体は多分に幼さを残していた。胸の膨らみも小さく、浮き出ている肋骨が一層の事、その肉体を幼く貧弱に見せている。だが男は、そんなロベリアの身体を直ぐにベッドへ通し倒し、その肉体を貪る様に凌辱を開始した。
 乳房が揉まれ、乳首を捏ねあげら、そして身体中を愛撫され嬲られていく、抵抗の声や抗いの悲鳴は出さない……出すなと男に命じられており、それに従うしかなく、男に責められるままに肉体を汚され、犯されて行くしかなかった。

 胸を嬲り飽きた男が、胸に埋めていた顔を舌へと移動させて行く――浮き出た肋骨の感触を指先で数えながら、腹部へと舌を動かし移動させ、その下にある柔らか茂みを舌先が探り当てる。
「あうっ!」
 思わず漏れ出す声、その声を耳にしながら男は、その部分に舌を捻じ込ませて行く……まだ乾いたままの柔らかな部分、そこへと捻じ入れられた舌先が、その周囲を舐めながら内側へと侵入して行く、乾いている部分に舌で涎を擦り付け、その内側にも念入りに注入し、ピチャピチャと粘性の高い音を立てながら嬲りあげる。
「ひぃ!うくぃ!」
 吐き出されそうになる声を必死に抑え、身体を硬直させながら耐えるロベリアの肉体に染み込む男の涎……それは、もう直ぐ別の体液が注ぎ込まれる前兆であり、下準備であった。

 下腹部を舐めあげていた男の顔が持ち上げられる。ぬらぬらとした涎を口の周りにこびり付かせ……よく見れば細い陰毛が一本、顎の下に張り付いている。
 男は顎に陰毛をくっつけたまま笑みを浮かべ、そしてロベリアの両足を担ぐように両肩に振り分ける。
「いっ!」
いやっ!……ロベリアは、そう叫ぼうとしたのかも知れない、だが叫ぶ事は出来ない……脅えた表所を浮かべ、身体を強張らせているロベリアの股間へと、男のペニスが突き込まれた。
「あぐっ!」
 吐き出されそうになる叫びを飲み込み、汚れたシーツを掴み、肉を引き裂きながら侵入して来る肉塊の激痛、内蔵を押し出されるような苦痛にロベリアは耐え続けた。

 男にとってロベリアは人間ではない、一つのパンと一夜の寝床を提供するだけで、簡単に得る事ができる人形……それがロベリアであり、巴里の町に満ち溢れている連中であった。
 やがて男は、欲望をロベリアの肉体へと欲望を吐き出した末に、その身体をようやくに解放した。
 ベッドで横たわったままのロベリア……その枕元に、押しつぶされたパンの半分が投げられる……その投げるように与えられたパンを手に取り、口へと運んだロベリアが考えた事は、処女を失った悲しみでもなく、肉体の奥に吐き出された欲望の感触でもなく、肉を引き裂かれた痛みでもなく……久しぶりに食べる事ができたパンの美味しさだけであった。

 こうして一夜の宿と今日のパンを得るためにロベリア・カルニーリは男に身を任せる。
 身よりのない戦災孤児がパリで生きていく為には、娼婦となり男に身を任せるしか生きる術がなかったのであった。
 一夜の宿と今日の糧を確保するためにロベリアは男に抱かれ続ける…そして、二年の月日がたった。
 すでにロベリアは、有名と言うと語弊があるが、巴里界隈では人気の娼婦として知られるようになり、生活もそれなりに良くなっていた。ただ、それは同時に他の娼婦達の、いわれのない恨みと嫉妬を買うことになってしまうのだが……


                               『 街娼 』


 何時ものように街頭に立ち、馴染みの客を待っていたロベリアが、数人の男達に拉致されて薄汚れた倉庫に連れ込まれたのは数時間前の事であった。

「はぁぐっ!」
 両腕を戒められ転がされたロベリアの下着が毟り取られ、前技も何も無く露出した性器に、唾をつけたペニスが捻じ込まれる。同様に引き裂かれた服からこぼれ出した乳房が、荒々しく揉みし抱かれ、乳首を捻り上げられる。
「いたぁい!いたいのよ、やめ!はぁぐぅ!」
 叫ぶロベリアの口へとペニスが突きこまれ叫びを塞ぐ、長く伸ばしている灰褐色の髪が掴み上げられ、更に喉の奥深くへと突き込まれ蠢くペニス……前と後ろ、二つの穴を同時に犯され続けながら、ロベリアは戸惑っていた。
 男達が自分を犯す理由がわからなかった。何故なら自分を犯している男達が、食い詰めた浮浪者だとか単なる暴漢達ではなかったのだ。
 どの様な場所でもルールと言うものが存在する。それはたとえ街娼の間であってもだ――実際、ロベリアは街娼として商売を始めてから、そのルールを身体で覚え込まされ、そのルールに従って、街娼達を取り仕切っている顔役に、身体を売って稼いだ内からショバ代を払っていた。
 そのショバ代を受け渡す奴らが、いま自分を拉致して犯している……街娼としての掟は守っていたはずだ。それなのに自分が襲われ犯されているのか、それが理解できなかった。
「へへへ、教えてやるよ」
 黙って犯され続けるロベリアの様子から、疑問を察知したのであろか、背後から膣を犯し続けている男が笑いながら言う。


……馴染みの客を寝取られた……態度生意気だ……若さが気に入らない……綺麗なのが憎らしい……ある意味、ロベリアの勝気な性格が災いしたのかもしれない、ロベリアに対して悪意を持つ何人かの街娼達が金で雇った男達――それが、今こうしてロベリアを凌辱している男達であった。
 ロベリアは信じられなかった。仲間だと思っていたほかの街娼達――それらの人達が、自分を憎み、この様な目に遭わせたと言う事――信じられないと言うよりも、信じたくなかった。

 ロベリアの口を犯していた男が、その欲望を口中に吐き出し、萎えたペニスを口から引き抜く、まだ髪は掴んだままであり、その掴んでいる長い髪を、男はポケットから取り出したナイフで切り刻む、そしてナイフを仕舞い代わりに取り出したライターで、その切り取った髪を燃やす。
 メラメラと嫌な臭いを出しながら燃え上がる髪、そして火が付いたままのライターを、呆然とした表情をしているロベリアのほうへと近づけて行く……
「雇主のリクエストでね、お前さんの顔を二目と見られない面にしてくれとよ」
 ロベリアの端正な顔を焼くためにライターの炎が顔面に近づいて行った……

 それは恐怖だったかもしれない……憎悪だったかもしれない……悲しみだったかも知れない……あるいは怒りだったかもしれない……ただ、ありとあらゆる負の感情がロベリアの頭の先から爪先まで、全てを支配した瞬間に、ロベリアが持っていた力が解放された。

 ロベリアの顔面に押し当てられようとしていたライターの炎が、突然に高く燃えあがったかと思うと蛇のようにうねり、ライターを持っていた男に絡み付く!
「ひぎゃぁぁぁー!」
 炎にからみつかれた男が死のダンスを踊る。不思議な事に炎は男だけを燃やし、他には燃え移らない、炎を身に纏いながら死のダンスを狂い踊る男……それを驚きの目で見る他の男達と、冷酷と言っていい表情で、死のダンスを見るロベリア……その冷酷な視線が、驚きの表情を見せている他の男達の方へと向けられる。
 死のダンスを踊り狂う男に纏わり着いていた炎が鞭のように撓い伸び、そして他の男達に絡みつき、同様に死のダンスを躍らせ始める。
 阿鼻叫喚の炎熱地獄――それをロベリアは、冷酷な表情を浮かべながら……薄らと笑みすら浮かび上がらせ見続けた。

 やがて死のダンスは終了し、消し炭と化した男達の屍骸が、幾つか残されるだけとなる。無様な格好で横たわる消し炭と化した男達……その屍をロベリアは踏みつける……クシャ!と言う乾いた音がして消し炭が崩れ去り、風にのり何処かへと運ばれて行った。

 そして、この日からパリを震撼させる大悪党……炎つかいのロベリアが現れたのである。


                           『 大馬鹿 』


 二色の肌色が白いシーツの上でもつれ合う――互いに唇を交わし、二つが一つに重なり、一つが二つに分かれ、そしてまた一つとなり互いを貪りあうかの様に、その位置を繁茂に入れ替えながら、重なり分かれ続ける……

 あのときに発動した霊力を得てからの彼女、ロベリア・カッシーニは常に一人であった。
 なぜならば、一人で生きていける力を得たからである。
 蔑みと裏切り、絶望と恐怖、哀しみと怒り……それらを知った彼女は、一人で生きていくことを自ら選んだと言える。
 しかし運命の皮肉は彼女に仲間を与える『 巴里華激団 』それが、彼女が得たものであった。
 そして隊長の大神一郎と言う存在、最初に会ったとき馬鹿だと思った。
 しかし、それは違っていた。奴は馬鹿ではなくて、大馬鹿だったのである。
 馬鹿だと思っていた時は、大神を嫌っていた……いや、嫌いになろうとしていた。だがその大馬鹿さを、何時の間にか好ましく思い、それどころか妙に魅かれていくものがあるのに気がつく……
(同様に他の「巴里華激団」のメンバーに対しても、最初の頃とは心情が変化している事も感じていた)
 そして、ロベリアは気がつく……否定しながらも気がついてしまう。
 自分が、この大馬鹿を好きになっている事に……だから、ロベリアは言う。
 戯言として、からかう様に、嫌われるようにと、自分の本心を隠し、冗談と言う偽りの仮面を心に被せながら言う。

「は〜い!隊長さん、一緒に……寝る?」
 何時もの戯言、真面目な奴のことだ、怒ったような口調で『冗談はよせ!』と言うだろう……ロベリアはそう思い、それにより想いを仕舞い込もうと考えていた。
 しかし奴は真面目な顔で聞き返す『いいのか?』と……私は、その言葉に頷いてしまった。

 せまいベッドの上、白いシーツの上、互いの肌が触れ合い汗が滲み出す。
 ここ数年間、ロベリアは男と肌を合わせていなかった。必要がなかったから、一人でいることになれたから、男を憎んでいたから……ある意味どれもが、正解でありながら、どれもが正解ではない……
 怖かったのだ、あの時……霊力を得た時に燃やした男達の姿が、脳裏にこびりついている――男に再び抱かれたら、あの時のように燃やしてしまうかもしれないと言う恐怖が、意識の底の方にある。
 その恐怖を奴は――大馬鹿なこいつは、忘れさせてくれる。
 服は下着も含めて自分で脱いだ。早く肌に触ってほしかったから……そして、抱いてほしかった。
 奴の指先が身体を伝いながら降りてくる。すでに濡れ始めているのを悟られるのが、なんだか悔しい……だけど、私がこんなにも濡れている事を知ってもらいたいという気持ちもある。
 感じたくないが感じたい、早く受け入れたいけど、まだまだ愛撫され続けたい、声を出したいが声を出したくない、愛していると言いたいが、口にするのが悔しい――矛盾する葛藤が私を引き裂いていき、さらに激しく彼を求めながら、かれの愛撫を拒みながら積極的に受入れる……

「お願い、先に言って……お願い」
 何を先にっ言ってほしいのか、自分からは言えない一言……
「愛してるよ、ロベリア……」
 私は、その言葉だけでいってしまった。そして二人は絶頂を迎えた。
 この瞬間、私は幸福であった……


                              『 余談 』


 ……自分の上にいるロベリアの、肌の柔らかさと汗のにおいを感じ…そして、心地よい重さを味わいながら大神は思う。
「この事がばれたら、俺はさくらに殺されるだろうな……」
 と……
 無論のこと彼は知らない、当のさくらが巴里にへと向かっている事など…


                                               終



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