龍薬奇譚
第二話
【 襲撃者達 】
「ヒルディガルド…見ての通りの、ごく普通の旅人よ」
そう言って笑う少女の表情は、怖ろしいまでに不敵で傲慢な笑みであった。
なんと言えばいいのか、さしずめ世界は自分の為に回っている!
そんな種類の笑みである、ハッキリ言って悪党が…しかも、筋金入りの極悪人が浮かべる種類の笑みであった。
「あのな…その格好のどこが、ごく普通の旅人なんだ!」
俺は、その笑みに負けまいとでも言うように大声を出して、少女の姿を指摘する、まあ旅の衣装なんて物は、人それぞれなのかも知れないが、基本的には似たようなもんだ。
俺の身に着けている衣装と言うか姿だって、普通の人間が見れば、旅の傭兵か武者修行に出た戦士…まあ、そんな風に見えるだろうし、実際にその通りだ。
だが、目の前にいる少女の姿は、どう見ても【ごく普通の旅人】の格好ではない、料理屋で飯を喰われている時は気がつかなかったが、凄い格好だ!
どこが凄いかと言うと、その着ている衣装が際どいと言うか露出過多と言うか、まあ下半身の方はホットパンツ形式のズボンに長めのニーソックスなのだが、上半身が問題だ……胸の部分を隠す程度の布切れとしか言いようの無い代物しか身に着けていない、一応はその上からマントを羽織っているが、腹の辺りは丸出しになっている、その上に背中には身長と同じくらいの大剣を背負っているという格好だ。
とてもでは無いが【ごく普通の旅人】の格好ではない、しかもその格好をしているのが、出るべき場所が出て、締まる場所が締まっている、ボン!キュ!ボン!な体形の女なら、女の傭兵だとか戦士に見えない事が無いかもしれないが、その格好をしているのが、どう見ても10歳くらいにしか見えない少女(と言うかガキだ!)と来た日には、悪い冗談にしか見えない
俺の突っ込みに対して、その少女…ヒルディガルドと名乗った少女は、胸を張り(そんなに出ていないペタンコな胸だが)言い放つ!
「彼方は、人を外見で判断しては、いけないと教わった事はなかったの?」
いや、それとこれは事情が違う…と、言い返す前にヒルディガルドは言葉を続けた。
「あのね、レディが自分の名前を名乗ったのよ、彼方も自分が紳士だと思うなら、自分の名前を言いなさいよ」
別に俺は紳士と言う者では無いと思いながらも、俺が自分の名を名乗ったのは、ヒルディガルドの言葉の中に、何とも言えない迫力を感じたからなのかも知れない…
「アドルファス…アドルファス・リルケだ、見ての通り旅の…」
旅の傭兵だ!と言うとした瞬間に、ヒルディガルドは言う。
「お笑い芸人!」
「違うわ――!!」
思わず叫ぶ俺を、ケラケラと笑いながらヒルディガルドは指差して言う。
「だって、さっきの料理屋の行動は、どう見てもお笑い芸人だったわよ、バツグンのタイミングで突っ込んできて、あの暗殺者どもと一緒に、私の呪文で豪快に吹っ飛んだじゃない」
「バカヤロウ!あれはお前を助けようとして……暗殺者だって?」
俺はヒルディガルドの言葉に反論しながら、気がつく…料理屋で、突然に襲い掛かってきた連中が、暗殺者だって?
「そう、暗殺者…アサシンて奴ね、なにせか弱い女性の一人旅、いろいろとトラブルに巻き込まれる事も多くて…はぁ〜美人は辛いわ」
すでに俺はヒルディガルドの言葉を聞いていなかった。
なんと言うか、頭の中で危険信号が猛烈な勢いで点滅しているのを感じる、これ以上こいつに係わり合いになら無い方が身の為だと、体内に存在する全ての警報装置が猛烈な勢いで信号を送り出している。
「そうか、それじゃ旅の幸運を祈るよ、俺は急ぐから…」
強引に話を打ち切り、その場から逃げ出そうとした俺のマントをヒルディガルドは掴んだ。
「彼方あの時に、私を助けようとしてくれたんでしょ?それに、ちょっと遅かったようね、第二陣のお出ましよ」
気がつけば、俺とヒルディガルドの周囲には、先ほど料理屋で襲い掛かってた奴らと同じ風体の連中が、10人以上取り囲んでいた。
「覚悟を決めなさい、アドルファス君…あんたも、あたしの仲間だと思われたみたいよ」
頭の中で点滅している危険信号は、すでに手遅れである事を告げていた…
「少しだけ時間を稼ぎなさい!」
反論を許さないヒルディガルドの命令に俺は従う。
腰に着けている小物入れから、爆裂弾を取り出してベルトの石に擦って火を点け、奴らの方へと投げつける、殺傷力は微々たる物だが、派手な音と火花で撹乱には持って来いの代物だ。
俺とヒルディガルドを取り囲んでいた奴らの陣形が乱れる、その乱れに乗じて切り込もうとした瞬間にヒルディガルドの声が飛んでくる
「誘いよ、飛び込んでは駄目!」
踏み出しかけた俺は、その踏み出しを強引止める、その俺の鼻先に毒を塗ったと思しき短刀が、拳一つ先の空間を薙いで通り過ぎた。
短刀で切りつけたアサシンが、バランスを崩し身体を泳がせる、俺はそいつに剣を叩き込む、肉を切り裂く感触…そして、骨を断ち切る感触…切られたアサシンは、その場に倒れこみ動きを止めた。
意外に手強いと見て取ったのか、数人のアサシンが俺の方へと切りかかってくる、その毒の塗られている短刀は危険だが、何とか身をかわしながら、言われたとおりにアサシン達の注意を自分の方へと引き付ける事に成功している、だが何人かのアサシンはヒルディガルドの方へと向かって行った。
時間稼ぎと注意をこちらに向けるために、更に爆裂弾を投げながら注意をこちらに引き付ける。
「おい!そちらは大丈夫か!」
ヒルディガルドの方に声をかけた瞬間、聞き覚えのある、強き言葉…魔法の呪を詠唱する声が聞えた。
「轟爆昇竜波!」
完成された呪文、魔法力が解き放たれる!
「ちょっと!まてぇぇ―――!!」
【轟爆昇竜波】先ほど料理屋でヒルディガルドが唱えた【爆風昇竜波】の上位呪文に当たる魔法である、効果は以前と同じだが破壊力は更に凄い…そして俺がいる場所は、前回同様にその呪文の効果範囲だった。
俺の叫びが聞えたのだろうが、ヒルディガルドは俺の方を向いて笑う…不敵で傲慢な笑で…俺は強烈な衝撃波で吹き飛ばされながら叫ぶ!
「バカヤロォォ―――!!」
そして意識を失った……
****************
川の向こうに、死んだ爺ちゃんが居る…懐かしくて、近寄ろうとしたら爺ちゃんは怒ったような顔をして、犬でも追い払うかのように…シッシッ!と手を振っている。
「爺ちゃん!何でだよ!」
俺は、少し悲しくなって大声で抗議した瞬間に、頭に強烈な衝撃を感じて意識を取り戻した。
「いちちち……」
ガンガンと痛む頭を抑えながら、俺は意識を取り戻す……そして再び見る、吸い込まれそうな蒼い瞳を…
「あっ!気がついたのね」
俺を覗き込んでいた蒼い瞳の正体はヒルディガルドであった。
「てめぇ!何しやがるんだ!」
怒鳴り散らす俺を、何か不思議な物でも見るようなキョトンと表情で、見つめながらヒルディガルドが平然と言う。
「何、怒ってるの?」
一度ならず二度も、このガキが唱えた魔法で吹き飛ばされた俺だ、怒らない方がどうかしている!
「はいはい、大人しく横になって、せっかく治癒魔法をかけてあげたんだから、そんなに騒がない」
この、がきゃ〜…怒りに身体を震わせる俺だったが、何とかその怒りを押さえ込み、改めて周りの状況を把握し始める。
場所は、先程と同じ場所のようだが日はすっかり暮れており、夜の闇が周囲を包み込み、焚き火の炎に照らされている狭い空間だけが明るい…とりあえず俺は、状況を聴くことにした。
取り敢えずは、襲ってきたアサシン達を全員倒す事に成功したらしい、俺が切り倒した奴が一人と、ヒルディガルドが吹き飛ばした連中(俺を含めてだが)、他にも数名出てきたそうだが、そいつ等は切り倒された奴や吹き飛ばされた連中を回収すると、素早く消え去ったとのことであった。
で、ヒルディガルドと言うと、巻き添えを食って吹き飛ばされ、気を失った俺を介抱しながら野宿準備をしていたと言う事であった。
「感謝しなさいよ、気絶したいるあんたを見捨てないで、キチンと介抱してあげた上に治癒呪文まで唱えてあげたんですからね」
そう、恩着せがましく言うヒルディガルド…
「てめぇのせいだろうが、この大ケガの原因は!…いちちち……」
大声で怒鳴ったせいか身体が軋んで痛みがぶり返してくる、そんな俺の目の前に、小枝に刺された焼かれた肉の塊が差し出される。
「はい、お腹が空いてるんでしょ?」
言われて気がつく、考えれば料理屋でヒルディガルドに、注文した料理を横取りされてから、何一つ食い物を食べていない事を…腹の虫がギュ〜…と鳴った。
「はい!」
更にズイッと差し出されるほど良く焼けている肉…良い匂いが食欲をそそる、俺は差し出された肉を受け取ろうと手を伸ばした瞬間、その肉の塊がサッと引っ込められた。
「あっ!」
思わず声を出した俺に向かって、ヒルディガルドは笑みを浮かべて言う。
「お礼は?」
笑みを浮かべているヒルディガルド…ただ、その笑みは今までに見せた倣岸不遜な笑みではなく、年相応の子供の悪戯っ子の様な笑みであった。
「どうも…ありがとう」
俺は、その笑みに誘い込まれるようにして、礼を言う、そして小枝に刺された肉を受け取ろうと手を伸ばしたが、その手を避けるようにして肉の刺さった小枝が、俺の口元に差し出される。
「はい、口を開けて」
一瞬の躊躇いの後、俺は口を開けて指しだ荒れた肉を頬張る……その肉は、とても美味かった。
第二話〜おわり
一般書庫へ戻る