柊三姉妹物語



                               
章乃六


                    
    【 亜衣〜其の弐 】



                                『 早退 』


 普段よりも家の帰る時間が早くなったのは、予定外の事だった。
 先生方の緊急職員会議…午後の授業は、一時限ほど短縮され、私達生徒は普段の終業時間よりも早く下校する事になった。
 家に着いたのは、2時半過ぎ…普段よりも随分と早い帰宅だった。

 玄関のドアを開けようとしたら、鍵が掛かっていた…今日は、由美子姉ちゃんが熱を出して休んでおり家にいる筈だが、二階の自分の部屋で寝ているので玄関に鍵をかけているのだろう。
 私は、ポケットから合鍵を出してドアの鍵を開けて、ドアを開こうとするが…ご丁寧に、玄関チェーンまでかけられていた。
 これでは家に入ることが出来ない!インターフォンを鳴らして、二階で寝ているだろう由美子姉ちゃんを起こして開けてもらうか?
 しかし、熱を出して寝ている病人を起こすというのも気が引けるし…結果、ぐるりと家の裏手に回りこみ、裏庭に生えている柿の木の所まで私は歩いて行く、そして裏庭に生えている大きな柿の木、死んだ両親が家を建てたときに植えたと言ってた柿の木を見上げる。
「よし!」
 私は両手に唾を吐けると、ピョン!と柿の木に飛びつく、そしてスルスルと猿の様に(自分で言うか!)柿の木を登りはじめた。
 姉達は知らない事だが、小さな頃からお転婆で知られる私は、この柿の木に上って結構遊んだ記憶がある、だから知っていたりする、横の方に張り出している枝を伝えば、上手い具合に自分の部屋のベランダに下りる事が出来るのだ!
(ただ考えてみれば…防犯上の見地で言えば、無用心かも知れないが、深くは考えないでおこう!)
 スルスルと柿の木を上る私、ちょうど隣の由美子姉ちゃんの部屋の窓が見える、ちゃんと寝ているのかなと気になった 私は、窓越しに部屋の中を覗き見る、樹に茂っている葉によって、部屋の中からは私の姿が見えないが、逆に樹に登っている私からは、由美子姉の部屋の様子が良く見える、そして良く見える由美子姉ちゃんの部屋の中では、男の人とベッドの上でもつれ合う様に蠢く、由美子姉ちゃんの姿を私は見てしまった。
「お姉ちゃん…」
 樹に登ったままの状態で、私の身体は硬直して固まってしまう…由美子姉ちゃんも男の人も裸だった。裸で抱き合いながらベッドの上にいた…何をしているのか…SEXをしている事は一目でわかった。
 由美子姉ちゃんの口へ、男の人は自分のモノを入れていた。


         


 口の中に入れたモノを激しく突き動かしながら、厭らしく笑っている男の顔に私は見覚えがあるのに気がつく、もしもその見覚えのある人が、たとえば私が知っている由美子姉ちゃんの恋人…由美子姉ちゃんの通っている学校の先生だったら、こんなに驚いたりしなかったかもしれない、だけど由美子姉ちゃんとSEXをしているのは、別の人だった。
お父さんとお母さんのお葬式の時に来た記憶もあるし、他にも何回か椛姉さんを家に送って来てくれたりした覚えもある男の人、何時だったか椛姉さんに誰なのと聞いたら、笑いながら勤め先の会社の上司で、いろいろと御世話になっている人だと笑いながら応えてくれた覚えがあった。
 それを聞いた時に、何となく椛姉さんの恋人なのか聞き返したら、奥さんや娘さんも居る人で全然違うと言っていた…でも、その時の椛姉さんの顔はとっても哀しそうに見えたのは、私の思い違いだったろうか?
 何で、そんな人が由美子姉ちゃんとSEXをしているのだろう…何だか良く判らない…
 やがてベッドの上に押し倒された由美子姉ちゃんが、男の人に胸を揉まれながら、大きく口を開け何かを言っている…声まではさすがに聞こえないが、苦しいような泣いているような由美子姉ちゃんの歪んだ顔が、私の方へと向けられる…思わず叫び声を出しそうになったけど、必死になってそれを飲み込む、生い茂っている樹の葉で、私の姿は見えないだろうが、私の方からはハッキリとベッドの上で、顔を歪めている由美子姉ちゃんの顔が見えた…
 明らかに由美子姉ちゃんは嫌がっている、後ろから覆い被さられて必死に逃げようとしているのが、ここからでも判るし、顔をくしゃくしゃにして泣いているのも見える、すぐに樹から飛び降りて誰かに助けを求めればいいのかも知れない、だけど身体が凍りついたように強張ってしまって動かない…
 ほんの数メートル先、ガラス窓を一枚を挟んだ先で由美子姉ちゃんが酷い目にあっている…その姿を見ながら私は、どうする事も出来ずに樹にしがみついたままであった。

 男の人が服を着て、由美子姉ちゃんの部屋から出て行く…そして玄関が開く音がする…
 ベッドの上で死んだように横たわっている由美子姉ちゃん…すぐに家に入っていって、助けてあげればよいのだろうか、それとも警察や救急車を呼べばよいのだろうか…迷うばかりで、何も出来ない私…やがて、由美子姉ちゃんはベッドから起き上がると、部屋を出て行った…
 私も強張った身体を何とか操って、樹の根元へと私は降りる…足がガクガクして力が入らない、それでも私は、この場に居てはいけないと思った。
 そして私は、その場から逃げ出すように駆け出した…

 どうすれば良いのか判らない、頭の中でグルグルと回る由美子姉ちゃんと男の姿、頭を振り払ってもそれは強烈な映像となって、私の頭の中に刻み込まれている…どうしよう…どうすれば良いのか…まるで判らなかった。
 そんな風に迷い戸惑い続けている私の足は、何時の間にか櫂の家へと向かっていた、それに気がついたのは櫂の家に着いた時だった。
 本当なら美術部の部活とかで、普段なら家に帰って来ていない筈の櫂の奴だけど、今日は職員会議で全校生徒に帰宅の指示が出ているので家にいるはずだ…少し迷った末に、私はチャイムを押した。
 ガチャリと玄関が開いて、櫂の奴が現れる。
「亜衣姉ちゃん」
 ちょっと驚いたような櫂の表情、そして何時もと変らない優しいと言うか、ホッとする様な笑顔を私に向けてくれてけど、その笑顔が途中で変わり心配そうな表情へと変る。
「えっと…何かあったの、亜衣姉ちゃん?」
 そんなにおかしな表情をしているのだろうか、私は想いっきりほっぺたを叩いて、表情を元に戻しながら言う。
「ううん、何でもない…家に入ってもいいかな?」
「うん、父さんと母さんは、何時もどおりに仕事で居ないけど…」
 そして、私は櫂の家へと入って行った。


                              『 櫂の… 』 


 二階の櫂の部屋へと私は向かう、何時もどおりの絵の道具が所狭しと置かれており、描きかけの絵が何枚もある、なんだかとても落ち着く場所…
 椅子に座って、出された紅茶を飲む…櫂は何も喋らない、私が喋るのを待っているのだろう。
 一杯目の紅茶を飲乾した私に、手馴れた手つきで櫂が二杯目の紅茶をカップに注ぎ、それを差し出す。
 その二杯目の紅茶の湯気を吸い込みながら、私は迷い続けている…先ほど見た事を櫂に相談するべきだろうかと?
誰かに、先程見た事を言えば相談すれば、私の心は軽くなるだろうと思うが、はたして相談しても良い事だろうかと迷ってしまう、それにどう相談すれば良いというのだろうか?
 結局は相談など出来る話ではない、私の中に仕舞い込み…私自身が、解決しなければならない出来事なのは間違いないと思う。
 だから二杯目の紅茶を飲乾した時に、私は櫂に向かって言う。
「うん…今日、時間あるから…モデルの続きをしてあげようかと思ってね…迷惑だった?」
 私は、櫂の絵のモデルをしてあげている、それもヌードモデルを…最初は、ちょっとした意地を張った末の出来事だったけど、真剣な櫂の姿を見ているうちに、自分の方から進んでヌードモデルをしてあげるようになっている。
「亜衣姉ちゃん、モデルをしてくれるのは嬉しいけど…本当にそれだけ、何か困っているんじゃない?」
 心底心配そうな櫂の声と表情…それを見ただけでも、何だか心が軽くなってくるような気がする、でも本当の事は言えない…だから…


           


「うん…実はね櫂…」
「なに、亜衣姉ちゃん?僕が出来る…いや、出来なくても頑張るから、言ってよ」
「櫂の…オチンチン見せて?」
 私自身、何で突然にこんな事を言ったのか、よく理解できない…緊張を解す為の冗談だったのかも知れないが、もしかしたら除き見てしまった由美子姉ちゃんと男の人のSEXシーンの事が、頭の中にあったからなのかも知れない…
 真剣な眼差しで私を見て、心配そうにしていた櫂が、持っていた紅茶のカップをひっくり返してずっこける。
「アチチッィ―――!」
 ひっくり返った紅茶の中身がズボンにこぼれる、当然ながら紅茶は高い温度で入れた方が美味しいので、カップに入っていた紅茶もかなり熱い筈だ。
「大変!」
 慌てて櫂が履いているズボンを脱がす…けして下心があったからではない…と思う。
「ちょっと!亜衣姉ちゃん、待って!」
 慌てふためく櫂を無視して、強引に脱がしたズボン…その下から白いブリーフを着ている櫂の下半身が丸出しになる、それをマジマジと見ながら私は一言…
「うん、火傷はしてないようね…それじゃ、このまま見せてくれる?」
「亜衣姉ちゃん!何を考えてるんだよ!」
 いや、最初はその場を誤魔化すための冗談と言うか、そんなんだったんだが、こうなったらツイデだ!
「いや、いつも私の裸ばかり見せてるから、たまには櫂のも後学の為に見ておきたいと…ダメカナ〜?」
 ここで櫂の奴が『ダメダヨ〜』等とギャグで切り替えしてきたら、諦めるつもりだったんだけど…櫂の奴は、少しモジモジしたかと思うと、ブリーフを脱ぎ下ろし始めた。
 今更、冗談とも言えない私は、脱ぎ下ろされたブリーフの中から出てきた櫂のオチンチンをマジマジと見る…想像してのより小さくて、なんとなくカワイイと言う感じの、櫂のオチンチン…
「ねえ…触ってもいい?」
 私の大胆な質問に、顔を真っ赤にさせながら頷く櫂…私は、櫂のオチンチンに初めて触った。
「んっ!」
 さわった瞬間、櫂が呻くような声を出したかと思うと、小さかった櫂のオチンチンが凄い勢いで大きくなっていく!
「わっ!」
 話には聞いていたが、実際目の前で大きくなっていく男の人のオチンチンと言う物を見ると、脅威と言うか神秘の世界と言うところである。
 大きくなったオチンチンを触っている私の手、この先どうすればよいか判らない、掌に感じる熱くドクドクするオチンチンの脈動…オチンチンと櫂の顔を交互に見る私を、何か期待する様な表情で見る櫂の顔…どうしようか?
 と、次の瞬間にオチンチンから何かが噴出してきて、私の顔にかかった。
「キャッ、熱い!」
 思わず口に出す言葉、それは熱かった…私の顔にかかったもの、それは櫂の精液だった。
「あっ…ごめん!亜衣姉ちゃん」
 意識して射精したわけではない、それは大好きな女性の手に触れられた事による、当然の節理であり、我慢できる出来事ではなかったのだ。
 自分の顔に浴びせられた櫂の精液、熱くそして生臭い粘液の塊、本来ならそれは気持ちの悪い嫌悪する物体なのかも知れないが、亜衣はそれを嫌いになる事が出来ずにいた。
 何故なら、その液体のを出したのが櫂だったから…慌てふためく櫂を見て、私はニッコリと微笑んで言う。
「良かったね櫂…服にかかってたら、殺してあげる所だったからね…早く、拭く物を持ってきなさい!」
 私の怒鳴り声に、慌てて立ち上がり拭く物を持って来ようとした櫂が、スッ転ぶ…慌てすぎて下ろしたブリーフを直すのを忘れて、それに足を引っ掛けた結果だった。
 それでも素早く立ち上がり…またスッ転んだ末に、階下へと拭く物を探しに降りて行く、降りていく櫂の足音を聞きながら、私は顔にかかった櫂の精液を指先で掬い取り、それをそっと舐めてみる。
「……」
 奇妙な味だった、しょっぱいような…にがいような…ねっとりとして…ちいさなつぶをかんじ…くちのなかにのこるあじとかんかく…
「おいし…」
 櫂の精液だったからかも知れない、私はそれを美味しいと思った。

 温かい濡れタオルと冷たい濡れタオル、そして乾いたタオル…櫂が持ってきたタオルで、顔を拭いた後で、絵のモデルを少しした後で、私は櫂の家を出た。
「ねえ、亜衣姉ちゃん…何か心配事があるなら、本当に相談しに来てね…絶対に力になるから」
 家まで送ってくれた櫂が、その途中で心配そうに私に言う。
「大丈夫、何でもないから…でも、もしも本当に困った事が起きたら櫂…助けてね」
 家の前…突然に櫂が私を抱き締める。
「うん!絶対に助けてあげるから」
 力強い櫂の抱擁…私の中にあった不安を、その力強い抱擁が少しだけ取り除いてくれた。


                              『 愚かな決意 』


 櫂と別れ、玄関先で腕時計を見ると、すでに5時を回っていた。
 ゴクリ…と唾を飲み込んで、玄関ドアに手をかける…玄関の鍵は掛かったまま…ドアの鍵を開ける、ドアチェーンはかけられていなかった…でも家の中に入るのが怖い…だけど、入らなければいけない…
「ただいま…」
 玄関を開けた私は、玄関から声をかけて家の中へと入った。
 家の中は暗い…由美子姉ちゃんは、二階に居るのだろうか?
 私は階段を登り、由美子姉ちゃんの部屋をノックする…
「お姉ちゃん…」
 返事は無い、ドアノブに手をかける…鍵は掛かっていない…私は部屋の中に入ろうかどうしようか迷う。
「あら、亜衣ちゃん…お帰りなさい」
 ドアが不意に開いて、由美子姉ちゃんが顔を出す。
 何時も同じ様な、優しい由美子姉ちゃんの顔…それを見た瞬間、私が見てしまったものは、夢だったのではないかと言う気になってしまう。
「あっ!ただいま」
 そのまま、私は自分の部屋へと駆け込みように入って行った。

 7時過ぎには椛姉さんが、仕事を終えて帰ってきた…由美子姉ちゃんも何時もと変わらない、そして繰り広げられる何時もと変わらない姉妹間の談笑…
 夢だったのだろうか?何かの見間違えだったのだろうか?
 今ひとつ納得できないまま、私は自室で眠りにおちいった…そして、その夜私は目を覚ます。
 何処からか聞えてくる啜り泣きの声…由美子姉ちゃんが泣いている…そして、私はあれが夢でもなければ見間違えでもない、事実だったと確信した…

 次の日、私は学校を休む…由美子姉ちゃんの風邪がうつったと嘘を言って学校を休む、だけど本当の目的は違う、椛姉さんが会社に行って、由美子姉ちゃんも今日は学校へと行く…シーンとした家の中、私はソッとベッドを抜け出すと由美子姉ちゃんの部屋へと向かった。
 確かめたかった…昨日の事がなんだったのか、だから悪い事と知りながら、由美子姉ちゃんの部屋へ忍び込んで、室内を調べた…
 最初に室内を見た時には、特に変わったような物は見つけられなかった。
 夢だと思いたかった、だけど室内から外を見れば、葉が生い茂っている柿の樹が見える、私が昨日登っていた樹が…
改めて室内をよく見る、そして私は見つけてしまう、ベッドの下に押し込まれていた、ビリビリに破られているパジャマ、そして同じ様に破られている下着、よくよくベッドを見れば、微かなに血の様な痕もある、嘘じゃない…夢じゃない…昨日、由美子姉ちゃんは、あの男に乱暴されたんだ!
 もしも、あの時に誰か人を呼んでいたら、何とかなっただろうか?
 頭を左右に振って、それは否定する…
 一体どうしたらいいんだろ、椛姉さんに相談するのが一番良いのだろうか?
 亜衣は、さらに部屋の中を見回す…これ以上酷いものが見つからないように思いながら…だが、想像すらしなかった物を彼女は見つけ出してしまった。
 それは一枚の写真…由美子姉ちゃんの机の引き出しの奥に、隠すようにしまわれていた写真…
「椛…姉さん…」
 亜衣が見つけ出した写真とは、由美子に男が見せる為に置いて行った写真であった。
その写真の中で、もう一人の姉である椛が男の人のモノを咥え込み舐めていた…他にも、男の人…それも由美子姉ちゃんが乱暴されているとしか思えない、椛姉さんの会社の上司とSEXをしている写真が何枚もあった…
「なんで…なんでなの…」
 亜衣の、まだ幼いと言える感情と理性では、もはやどうする事も出来なくなっていた…ただ、人に話してはいけない秘密を…二人の姉にすら話す事が出来ない秘密を知ってしまっただけであった。

 そして一ヶ月もの間、悩み続けた末に亜衣は、最悪の決心をしてしまう。
 写真の男、椛姉さんの会社にいる男に、姉達の事を問い質し真実を確かめようと、その時に亜衣は自覚していなかった。それがどれ程までに危険な事であり、餓えた狼の前に無垢な子羊が、その身体を投げ出すような事だと、幼すぎる亜衣は認識していなかったのだ。




                                   章之六・・・『 亜衣〜其の弐(前編) 』 おわり


                                   章之六・・・『 亜衣〜其の弐(後編) 』へ つづく






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