詩織〜外伝
第2章
『 ビデオ 』
「くっ……くそぉ!」
悪態をつきながら俺は穴を掘る。
場所に間違いは無い……何度目かに土へと突き刺したシャベルの先に、土以外の感触を感じ取った俺は、焦りながらも慎重にシャベルで土を除いて行く……そして俺は、土の中に埋まっているビニール袋を見つけ出した。
「よし!」
シャベルを放り出し、丁寧に土を除いて行く……そして土の下から現れたビニール袋、突き刺さったシャベルの先端で、少し破けた箇所から中身を確認する。破けたビニール袋の中には、大量の札束が詰まっていた。
警察から掛かって来た親父の死と言う事実、悲しみなど湧く筈も無く、俺は大急ぎで親父が死んだらと、何時も妄想し考えていた事を実行する。
時間はそれほど無い、以前から妄想しつつ計画していなければ、これほど素早く実行に移すことは不可能だったろう。
俺の家は資産家であり、死んだ親父は金持ちだった……だからと言って俺が金を持っているわけではない、しかし親父が死んだいまは違う。
だがその金が、すぐに俺の物になる筈も無いのは予想できていた
一応の建前で言うなら、俺は未成年であり、財産を受継ぐ権利はあっても財産を管理する能力無いと判断されるだろう。そして何処からか、蛆虫の様に湧き出した来る筈の親戚が、いかにも俺の事を心配している等と言いながら、同情の表情を見せながら、俺が受継ぐ筈だった親父の金を俺の自由にはさせない事は想像できていた。
(そして、その親戚連中が少なく無い金額の金を、自分の口座にへと移し変えていくだろうと言う事も予想できた……)
だから俺は、自分が自由に出来る金を確保する為に、こうして行動していた。
親父の私室の壁、そこにぶら下げられている絵の裏側に隠されている隠し金庫……余りにもお粗末な隠し金庫だが、親父はそれで隠しているつもりだったらしい、実際の所は俺にすら、その存在を知られており、金庫の番号すら知られていると言う事すら知らずにだ。
親父の死を連絡された俺は、急いで自室に戻ってから親父の部屋に向う……親父の部屋にある隠し金庫から、そこに隠されている筈の金を、当然の権利として受け取る為にだ。
親父の部屋は、案の定鍵が掛けられていたが、以前から用意していた合鍵で鍵を開ける。そして目的の隠し金庫へと向かい、そのダイアルを……此方も以前から盗み見し、密かに覚えていたダイアル番号を合わせと、金庫のドアはアッサリと開き、そこに隠されていた様々な代物が俺の眼の前に曝された。
「こりゃ……」
金庫の内側は予想以上に広く、そこに隠されていた代物も予想以上だった。
現金は元より、各種の証券、貴金属や宝石類と言った貴重品が、大量に保管されていた……基本的に人を(俺を含めた家族すら)信用しない親父は、常に自由になる金や金目の物を手元に置いておく主義だったのかもしれない
「はっ……ははぁはは……感謝しとくぜ、親父……おまえさんの強欲さにな……」
俺は笑いながら、金庫の中にある物を用意したビニール袋に詰め込む……ただし詰め込むのは現金だけで、各種証券や貴金属、宝石の類は手を付けないで置く、その現金ですら半分近く残した。
何で全部、洗い浚い持って行かないのか?
答えは二つ、証券や貴金属、宝石を現金化する手段を俺は持っていないので、仮に持ち出したとしても持て余すことになるだけだと言う事、そして全てを持って行けば、空の金庫だけが残される事となり、後から金庫を見つけ出した連中が(突如現れた親戚連中は……露骨では無いとしても、俺が居ない時を見計らって、親父の部屋を初めとして、何か金目の物が無いかと家捜しする事は間違いない)そこにあるべき物が無ければ、その事に不信を持った奴が出ないとも限らない、そうなると後々に不味い事になる可能性が高いと判断したからだ。
(だから現金も半分位は残す事にした……もっとも、持ち出した現金だけでもざっと見で、数千万は下らない金額だったが)
俺は金庫から現金だけをビニールに詰め込み、急いで親父の部屋から出て行こうとした時、金庫の中……その奥にある包みを見つける。
「なんだ?」
俺はそれを手に取り確かめる。何故かその包みが気になった。俺は一瞬の躊躇の末に、その包みもビニール袋の中に突っ込むと、こんどこそ親父の部屋から大急ぎで抜け出し、以前から考えていた場所へと……子供の頃に、秘密基地にして遊んでいた裏山の洞窟へと向い、そこに穴を掘り荷物を……二重のビニール袋に詰め込んだ札束を俺は埋めた。
それからの事は、全て基本的に自分の事でありながら、全てが他人事であった。
全ての作業を終えた後に俺は、警察から連絡を受けた航空会社の事務所へと向う。航空機事故と言う事もあり、大量に出る事となった遺族達、その中の一人として俺は悲しみを冷静に演じた。父親をなくした子供と言う立場の演技を、そしてその演技をし続けた……
引っ越し先のマンション、そこに送られてきた荷物の紐を解き、取り出した品物を見て俺は満足気な笑みを浮かべる。
ほとぼりが冷めると言えば、言い方が悪いが実に適当な言い方だ。
親父が死んで数ヶ月……予想した事と大差の無い展開が繰り広げられ、親父の遺産は俺が成人するまで親戚(今まで会った記憶が殆ど無い親戚だ)の管理下に置かれる事となり、俺が成人するまで、親父の遺産は自由に出来ないと言う事となった。
多少の不満が無いわけでもなかったが、弁護士の立会いの下に決められ進められて行く手続きに、俺は素直に従い、一人残された哀れな子供を演じる。
(実際には、そんな可愛げのある面でもなければ、性格でもないのは充分に自覚しているが、これからの事を考えれば、親戚連中の心象を多少でも良くして置いた方が得だろうと言う打算の演技だ)
そんな俺の姿に多少なりとも同情したのか、それとも別の考えでもあったのか、俺の願い……広い家での生活は面倒なので、学校の近くで一人暮らしをしたいと言う事を、後見人となった親戚連中は認め、俺は学校の近くのマンションへと転居する事に成功した。
そんな転居先のマンションに俺が持ち込んだのは、基本的に必要な自分の身の回りの代物と一応の家財道具などだが、その他に親父の遺品を整理していた時に見つけたSM雑誌の束と言うのは、実に俺の性格を反映しており、我ながら笑いが込み上げてくる代物だ。
そして親父と同じ血が流れている(嫌な事だが事実だ)俺は、そのSM雑誌を読み耽る内に、だんだんと感化された……いや、元々の資質……女を暴力によって屈服し、汚したいと言う欲望を持つ自分に気がついたのかも知れない、そして隠した金の一部を掘り出し、その金によって滾った欲望を吐き出す事にした。
掘り出してきた現金の確認作業中に、金と一緒にビニール袋へと放り込んでいた物があった事を思い出す。
何となく気になり、惹かれる様に手に取って現金と一緒にビニール袋へと放り込んだ物、それが何だったのだろうかと確認した時、俺は思わず笑い出す。
それは一本のビデオテープだった。御丁寧に、何重にもカバーをかけていたので、持ち出した時には気がつかなかったが、解かって見れば笑い話と言う類の代物だ。
俺はそのビデオテープを放り出し、再びビニール袋から取り出した現金の確認作業に戻ろうとした時、ふと思い当たる……なんでわざわざ金庫にビデオテープなどを入れていたのだろうかと?
少なくともあの金庫の中にあったのは、現金は元より、各種証券や貴金属に宝石類……といった金目の代物ばかりだった。
だとすれば、このビデオテープは、それらの貴重品と同じ位の価値がある代物だと言う事になるのでは無いだろうか?
俺は放り出したビデオテープを再生する事にした。
「なんだこりゃ……」
再生したビデオテープに記録されていたのは、俗に言う所のアダルトビデオだった。
まだ若い……それも妊婦らしい腹の膨らんでいる女が、手足に縄を掛けられて天井から吊り下げられていると言う類のビデオ、確かに妊婦のSMビデオなんて物は、珍しいと言えば珍しいのかも知れないが、親父の遺品の中にあった大量のSM雑誌や、その手のテープ類(無論の事、俗に言う裏モノと言う代物も含まれていた)から見て、充分に予想できる代物でしかなかった。
わざわざ金庫の中に隠してあったのだから、何か大層な秘密でも録画されているのかと期待したのだが、どうやら見事に期待外れな結果となったようだ。
「くくく……親父らしい、下劣な趣味だな」
親父の趣味に悪態をつきながらも、それでも俺はニヤニヤと笑いながら、再生されたビデオを見続けた。
(基本的に、俺の趣味嗜好に合うビデオだったからだ……つまり俺と親父は、似た様な人間だと言う事だ)
そしてふと気がつく、その録画されている画像の中にいる人物……縄で縛り上げられ、天井から吊るされた妊婦が、俺の記憶の中に存在していると言う事を……
「……かあ…さん……?」
まるで何かを確認するかのように俺は言葉を口から漏らし、食入る様に再生され続けるビデオを凝視する。
間違いなく、そこの映し出されているのは俺の母親……小さな頃に病気で死んでしまった……俺がただ一人、心の聖域として大切に思っていた女の、あられもない破廉恥な姿だった。
『あっあぁぁ――! ついてぇ、くびってぇ!』
31インチのTV画面の中で、女はまるで俺に向ってとでも言うように、獣の喘ぎ声を淫辱に漏らし続け、責めを請い続ける。
腕にギリギリと巻きついた荒縄、膨らんだ腹に食い込む皮ベルト、両足は大きく開かれ、汁を滴らせながら器具によって開け放たれている性器と肛門……そして女が請うた相手が画面に現れる。
「おやじ……」
母親の姿を画面の中に見い出した時に、ある程度は予想していた……これがどのような種類のビデオなのだと言う事を……
プライベートビデオ……親父が自分の趣味を満たすために、自分で作り出したビデオ、夫婦の交わりと言うには余りにも生々しく、淫靡な色彩で飾り付けられた淫蕩なビデオ……
ビデオの中に現れた親父は、縛り、吊るされ、喘ぐ……母に淫靡なプレイを加えつつ、その濡れ広がった秘所へと己の欲望を注ぎ込み、母に淫ら喘ぎ声を出させ続けた。
快楽に歪む母の顔……自分が唯一、神聖視していた対象が欲望に乱れ喘ぐ……そして、その顔は夢の記憶へと繋がる。
夢の中に出て来た女と、微かに残っている母の記憶が、ビデオの中で喘ぐ母の姿と重なり一つになる……
「あれは……」
夢を見た……
青白い月光の下……
女が樹に縛られている……
蛇が女の肉体に絡みつく……
蛇のように縄が女を締め上げる……
女の紅い口唇から這い出た舌が蠢く……
それを見上げている俺に女は低く囁く……
『坊や……お帰り……見ては……だめ……早く……お帰り……』
その女の顔は……紛れも無く母だった!
「そうか……そうだったんだ……」
記憶のフラッシュバック! 全てを俺は思い出す。
俺は見たんだ……子供の頃に……母と親父の異常とも言える交わりの現場を……しかし当時の俺には、何が起きているのかを理解する事が出来ず、そして呆然と見ていた俺に向かって母は言ったのだ。
『坊や……お帰り……見ては……だめ……早く……お帰り……』
と……
見ては駄目な瞬間を見てしまった俺……その直後に起こった母の死……俺の記憶は、この事を忘れようとしたが、完全に忘れ去る事など出来る筈も無く、消え去らなかった記憶は、夢となり記憶の底から甦ったのだ。
「ははは……母さん……母さんだったのか……はぁひぃ、ひひひ……くふぅふぅあっははは……母さんだったんだ……」
俺は笑う……笑いながら、TVの画面に浮き出た女……母が親父に犯され、喘ぐ姿を見ながらが、固くいきり立つペニスを扱く……激しく! 強く! 何かを振り切るように、狂ったように自分のペニスを扱き続け、何度も……何度も……何度も……射精し続けた。
ベチャリ……と、精液に塗れた手でTV画面に触れる。
正確に言えば、TV画面の中で喘ぎ続ける母の顔を持つ女に手をさしのべる。
「母さん……そんなに気持ちが良いのかい?」
ヌルリとブラウン管にさしのべた手が精液で滑る。
精液に塗れたTV画面の中……喘ぎ続ける女の顔が歪む……そして別の顔が俺の目に写り始める。
「ああぁぁ……あひゅぁ……し……しおりぃぃ……」
果たして俺は本当に、自分の精液で汚れたTV画面の中に、その姿を……その顔を見たのだろうか?
だがその瞬間、俺の目に映し出された顔は、紛れも無く俺の憧れの存在である少女……藤崎詩織の顔であった。
「そうだ……そうだ……そうだ……」
俺は何度も狂ったように言い続ける。
そうだ……と、俺は夢を叶えるのだと……藤崎詩織を、このTV画面の中で喘ぐ女の様に……母の様に……縛り上げて、欲望のままに蹂躙し、犯すのだと……俺は、射精の激しい快感の中、確信にも似た決意をし……欲望を吐き出し続けた。
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