『 ときめきメモリアル〜外伝 』
                       【 如月さんちのお母さんシリーズ 】

                                 第一部  
                        「見晴ちゃんの災難」


                                 第一話
                       「 お母さんといっしょ! 」



如月未緒は、お風呂あがりの火照った身体をバスタオルに包んで鏡の前に立つ、身体についた雫を拭き取り、無駄毛の処理を忘れた箇所がないかを,確かめながら下着を身に着けはじめる、小さな花をあしらった薄いピンクのブラジャー、それと御揃いの、薄いピンクのスキャンティーには、子犬柄のワンポイント、確認し終えた未緒は、小さな声で言う。
 「これで、よしっと・・・・・」
 鏡に写る湯上りの自分に、ニッコリと微笑み、口唇にそっと指をあてる、そして自分の口唇の柔らかさを確かめるように軽く撫でながら、明日の事を思うと胸がときめいてくる、もしかしたら何かを期待してるのかも知れない…その自分の考えに、未緒は少しだけ驚く、私は何を期待しているのだろうかと・・・
 「ひょっとしたら、明日は彼と……」
 それ以上は、口に出して言うのも恥ずかしい、胸の奥から沸き上がってくるドキドキとした期待と軽い恐れの入り交じった複雑な想い……

「あ〜、いいお風呂だった」
風呂上がり、濡れた髪の毛をタオルで包んだ、きらめき高校2年の如月未緒がパジャマ姿で居間にやってくる、その湯上りの姿は、なかかに艶っぽくパジャマの上からも見て取れる身体の線も、少女から女性へと少しずつ変化をしていっているのがわかる、そんな未緒を背中にして、居間では母が熱心にテレビを見ていた。
ちなみに見ている番組は、某美少女戦士シリーズの再々々放送である、母はそれを真剣に見ている、考えてみれば本放送の頃に見てたのは、当時小学生だった未緒だったが、今では母の方が真剣に見ているようだ。
そして、テーブルの上に風呂上がりの未緒を待つかのように、氷入りが浮かんだ烏龍茶がコップに注がれて汗をかいている、多分母が風呂上がりの未緒のために用意してくれたのだろう。
未緒は、母の気遣いに感謝しながら、ありがたく飲む事にした。
テレビではセーラー戦士が愛と勇気と友情で無事に敵を倒して終わった。
 母は満足げに頷いて、テレビから、ひょいっと未緒を方を向いて聞く。
「で、未緒ちゃん、明日のデートはどこ行くの?」
「ばぁふぅーーーーー!!」
飲んでいた烏龍茶を未緒は豪快に吹き出す、口からだけではなく鼻の穴からも吹き出してしまい、ゲホゴホと咳き込みながら未緒は言う。
「お母さん!ゲホッ!一体何を、ぐしゅん!突然にぃぃ!」
そんあ慌てふためく未緒にタオルを手渡しながら、母は平然と答える。
「あらあら、そんな格好を彼に見られたら百年の恋も冷めちゃうわよ、はい!落ち着いて顔を拭きなさい」
手渡されたタオルで顔を拭き、息を整えた未緒が、それでも鼻息も荒く聞いてくる。
「お、お母さん、何で、何で明日、私がデートするの知ってるの!」
母は、余裕たっぷりの笑顔を未緒に向けて言う。
「女の感よ、30年以上女をしていれば、それくらい解るようになるのよ」
未緒は、驚いたような、感嘆と疑いの入り交じった視線を母に向ける。
「本当・・・?」
母は、舌をチロッと出して言う。
「う・そ」
「おかあさん!」
未緒の反応を楽しむかのように母は、クスクスと笑いながら話す。
「ごめん、ごめん、本当はね、未緒のお風呂に入っている様子で解ったのよ」
「お風呂?」
何で、お風呂なんかで明日、彼とデートする事が解ったのだろう?未緒は少し考えるが、答えは思い付かない、 そんな未緒に母は、笑いながら言う。
「だってね、何時もより30分以上も長湯をしているうえに、しかも鼻歌まじりで楽しそうに入っていたら、明日何かあると気がつくわうお、明日の事を想像して、お肌を丹念に磨いてたんでしょ?違うかしら?」
言われて未緒は気づく、確かにそうかもしれない・・・しかし、普通の親はそんな所まで子供を観察してるのだろうか?未緒は、母をチラッと見る、そして思う。自分の母を普通の親だと思う事の方が間違いなんだと
そんな未緒の顔を見ながら、勝ち誇ったような顔で、母が言う
「で、何所にデートに行くの?」
未緒はテーブルの上思わず突っ伏す。
「な、何で、そんな事まで、お母さんに言わなくちゃならないの!」
やや怒ったような口調で、未緒がテーブルに突っ伏したまま言う。
「んっも〜未緒ちゃんのケチ!いいわよ、自分で調べるから」
「自分で調べる?」
突っ伏していた、未緒が顔を上げる、目の前に母の何度と無く見た記憶のある、何かを企んだ子供のような顔が、どアップになる。
「ちょっ、ちょっと、お母さん!何を・・・きゃ!」
母の手がパジャマのボタンにかかり、パジャマの上をパッと脱がせる。
「お母さん!何を考えてるの!やだっ!」
両手で胸を隠す未緒の手を、ヒョイッと持ち上げて、母が未緒の脇の下を見
て言う。
「ん、脇毛の処理はバッチリね、んじゃこちらはどうかしら?」
さらに、母は未緒のパジャマのズボンを手際よくずり降ろして、しげしげと未緒の子犬が遊んでいる柄のスキャンティーを着けてる下半身を見ながら言う。
「あら〜可愛いの着けちゃって、今度お母さんに一枚貸してね、で・・・こちらの方も、むだ毛処理はOKね」
床の上、パジャマを半分以上ひん剥かれた状態の未緒が、フルフルと怒りに満ちた目で母を見て言う。
「お〜か〜あ〜さ〜ん・・・・・・一体、何を考えてるの〜!」
母は、そんな未緒の言葉に、どこ吹く風の風に答える。
「未緒ちゃん、明日デートに出かける所は、海かプールでしょ?それだけ体毛の処理を念入りにしてるんだもん、ぜったいそうよね?」
未緒は、母にこっちに来てと言う感じで、手招きする。
「ん?な〜に、未緒ちゃん」
手招きをされた母が嬉しそうに未緒に近づく、近づいてきた母の頬に未緒の手が閃光の
ように閃く。
「お母さんの・・・バカー!!」
・・・が母はヒョイとそれを躱す。バランスを崩した未緒が、一回転して尻餅をつく。
「未緒ちゃん、怒っちゃいや!ほんの冗談よ、冗談なんだから」
未緒は無言で立ちあがると、自分の部屋に戻ろうとするが、足元まで降ろされたパジャマのズボンに足を取られて、ズデーンと豪快にその場にコケル。
「未緒ちゃん、大丈夫?怪我しなかった?」
母が倒れた未緒を抱き起こす。抱き起こされた未緒は、パジャマのズボンをずり上げると母の方を涙を溜めた目で見て言う。
「おっ・・・ひんっ、お母さんは、えぐっん・・・何時も、何時だって・・・私を、ひゅん!からかって・・・えっえっ・・・・ばか・・・お母さんなんて・・・嫌いだ・・・」
母が半分泣いている未緒の頭を胸に抱え込んで、優しい口調で言う。
「ごめんね、未緒ちゃん、お母さん、ちょっと嫉妬してたの、だって、未緒ちゃんが、私の可愛い・・・小さな頃から病気ばかりして、私を心配させていた未緒ちゃんが、好きな人ができて、私から離れていっちゃうような気がして、なんだか寂しくてね、ごめんね・・・未緒ちゃん」
暖かな母の胸から、涙を母の胸で拭った未緒が顔を上げて言う。
「ううん、いいの私も、ちょっと言い過ぎたみたい、私もごめんなさい、お母さん」
母が、そんな未緒を見て言う。
「赦してくれるのね、未緒ちゃん…ありがとう…でね、未緒ちゃん」
「なに?お母さん」
「明日は、結局〜ぅ、海に行くの?プールに行くの?」
「…海…」
未緒は、何かいや〜な予感を感じたが、正直に言う。
「相談なんだけど、お母さんが、ついてっちゃ・・・・・・ダメかな?」
一瞬、くらっと来た、未緒が何とか立ち直り、母に言う。
「お母さん、耳を貸してくれる?」
「えっ?なになに、未緒ちゃん?」
耳を未緒の方に突き出した母に、未緒が力の限り、普段の未緒からは考えられない大声で言う。
「だめぇーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
そして、未緒は耳を押さえて、ひっくり返った母を残して自分の部屋に戻って行った。

しばらくして、耳を押さえて、ひっくり返ってた母が、未緒が自室に戻ったのを確認して、ピョコンと起き上がり、耳から詰めていたテッシュの耳栓を取り出しながら、ニコリと笑って言う。
「ん〜、やっぱり、未緒ちゃんをからかうのって、楽しいわ〜うふふふっ〜」
哀れなり、如月未緒…実の母に、愛されるがゆえに、徹底的に玩具にされまくるのである…つるかめ、つるかめ…


                                 第二話

                     「 お母さんがいっしょ!」


「・・・・・・・・・」
無言のまま未緒は玄関を出る、そんな未緒の姿を母は少し拗ねたような顔で見送っている。
「未緒ちゃん、まだ怒ってるの?」
玄関先まで未緒について出てきた母が、恐る恐ると言う感じで聞いいてくるが、そんな母に未緒は、可能な限り感情を押し殺した声で応える。
「お母さん、一つだけ言っておくけど、今日……私の後をつけたりなんかしないわよね?」
母は力の限り、首をブンブンと振りながら言う。
「しないしない、しないからね!未緒ちゃん機嫌直して、お母さん悲しいわ〜」
未緒は、ほー…と、深く息をつく、そしてもう一度、聞いてくる。
「ほんとの本当ね!」
母は、これ以上ない、と言うほどに首をガクガクと上下に動かす。
「ウンウン、ほんとうのほんとに約束する、だから、怒っちゃ・・・ヤッ!」
ほんとかな〜と、いう顔をしながら未緒が言う。
「じゃ、許してあげる、本当はねもう、怒ってなかったのよ、お母さん」
未緒の言葉に、母は嬉しさを顔一杯に浮かべて、未緒に頬擦りする。
「だから、未緒ちゃんて大好き、頑張ってデートしてくるのよ」
やがて、何とか母の頬擦りから開放された、未緒が母に見送られて出かける、そんな、未緒に母が大声で言う。
「海は、日差しがきついから、きおつけるのよ〜」
未緒は、解りましたと、言うように手を振り応える、やや恥ずかしそうにしながら、そんな未緒に母がさらに声をかける。
「未緒ちゃ〜ん、卒業までは、お付き合いは、キスくらいまでに、す〜る〜の〜よ〜!」
角を曲りかけていた未緒が、回れ右をして、ドドドドッーーーーと、駆け戻ってきて、ゼイゼイッと息を切らせながら母に言う。
「お母さん!はぁーはぁー・・・何を、ゼイゼイ・・・恥ずかしい・・・ひゅー・・・大声で・・・」
息を切らせ、荒い呼吸をしている未緒に母が、口を切った缶入り烏龍茶を手渡す。
「未緒ちゃんは、あんまり身体が丈夫じゃないんだから、全力疾走なんかしたら身体に良くないわよ。」
と、全力疾走をさせた張本人が、のほほ〜んと言う、 烏龍茶を飲み干し、何とか人心地のついた未緒が母の方を見た。
「お母さん、・最後に一言だけ言うわ・・・・・・」
「な〜に、未緒ちゃん?」
「これ以上、何にかしたら、私・・・家出をするからしれない、私本気よ・・・」
未緒の顔は、かなり本気だった、母の方もそれが解ったのか、それともからかう限界を悟ったのか、ニッコリ笑って言う。
「はい、これは特別のお小遣い、夕飯までには帰るのよ、未緒ちゃん」
未緒は、お小遣いは受け取らず、母に背を向けると振り返る事なく、やや足早に彼との待ち合わせ場所へと向かった。
だから未緒は気がつかなかった、未緒を見送る母が悪戯っ子のような笑顔を浮かべていたのを・・・・・・・

角を曲って、母の視界から自分の姿が消えたのを確認した未緒が、家に戻って来たのは5分後だった。
玄関から家の中には入らない、こっそりと裏の方に回って、家の中に入る、そして居間の方をこっそり覗き見る、居間では母がビデオ屋から借りてきた某「ママは小学〇年生」と、言うアニメを見ている、思い起こせばこのアニメも自分が小学生の頃にTVで見ていた記憶がある、ともかく未緒はほっとする、どうやら自分の後をついてくると言うことはなさそうだ。
母は、ついてこないと約束した、しかし!あの母である、今一つ信用できない、考えてみれば先程の事、駆け戻って来た私にくれた烏龍茶、あれだって前もって用意してたのではないだろうか?そうじゃなければ、あんな良いタイミングで差し出される筈が無い、たぶん、私が駆け戻ってくる事を予想して、用意していたのだろう。完全に母に遊ばれているなと思う、だから、こうして、こっそりと帰ってきて、母が本当に家で大人しくしてるか確認したのだ。
未緒は安心して家を再び出て行く、母を疑ったことを心の中で、少しあやまりながら・・・
「お母さん、疑ってごめんね、帰りに何かお土産買ってくるから・・・ね」
裏口から、こっそりと出て行く未緒が家の中に居る母に小声で言う、もちろん聞こえる筈が無いとは知りつつ、それは未緒の優しさと人の良さが出した言葉であった。
そして未緒は今度こそ、本当に待ち合わせ場所に向かった。

「気にしなくていいのよ、未緒ちゃん」
居間でビデオを見ている、母がつぶやく、どうやら、裏口で言った未緒の声がしっかりと聞こえていたらしい
「ごめんね、未緒ちゃん・・・やっぱり、ついてっちゃお〜と!」
母は立ち上がり、バッと着ている服を脱ぎ捨てる、服の下には黒のライダースーツがすでに着込まれていた。
そして、ソファーの影に隠していたヘルメットと荷物を詰め込んだバックを取り出してガレージに向かう、ガレージの中には、一台のバイクがあった。
日本製ではない、西ドイツはBMW社製のオフロードバイク、型式はかなり古い、この型の生産が中止なってもう二十年以上の月日が経っている、多分何所かのバイク博物館になら目玉品として展示されていると言う、そんなバイクだ、ただそんなバイクと違い、このバイクは生きていた、ワックスがかけられているが、それは必要な最低限の物であり下品に、安っぽくピカピカに光っていなかった、
車体に刻み込まれた幾つかの傷痕は、このオフロードバイクがオフロードバイクとして、正しく乗られていた事を無言に、しかし確かな事として語っていた、そして一発で掛かったエンジン音がこのバイクが完全である事を証明していた。
「未緒ちゃ〜ん、待っててね〜!」
バイクは轟音を響かせて、ガレージから飛び出す、後には消し忘れた居間のテレビから、かけっぱなしの「ママは小学〇年生」のビデオがこんな台詞を言っていた。
「もう、おかあさんて、たいへん!」
確かに、大変である、ただし!おかあさんではなくて、こんな親を持つ子供の方がであるが・・・・



                                 第三話

                          『見晴ちゃんの海岸物語り』


先回りして、海についてかれこれ三時間が過ぎ去った…
「つまんな〜い!」
未緒の母は、ブーたれていた、先回りして未緒と彼・・・小山くん、とか言ったけ?を物陰から見張りつづけて三時間、二人は木陰に入って何か話してるだけで、思わず『おのれらは、小学生のカップルかーーーー』と、蹴りと共に突っ込みを入れたくなるほど、じれったい。
「私が、高校生の時には、もっと積極的だったわ」
そんな事をブツブツと、言いながら(だったら見てなきゃ良いのに)二人を見張っていた。
予定では、キスの一つくらいするだろうから、そのシーンを写真に撮って、後で未緒をからかうネタにしようと考えていたのに、どうやら無駄足になるようだ。
「つまんな〜い!」
前にブーたれた台詞を再度言いながら、再び二人を見る。
「んっ?」
相変わらず二人には変化はない、でも気がつく、自分以外に二人を見ている人影がある事を・・・
「あら、あの娘さっきから、ず〜と、未緒と小山くんを見ているわね?」
その娘は、二人を見ていた。考えてみれば、自分がこの場所に陣取った時から、あの娘は居たような気がする。
あらためて、その娘を観察する、年頃は未緒と同じくらいか?目を引くのは、そのユニークな、まるでコアラか何かの耳のような髪型と、結構な…いや、かなりのかわい娘ちゃんと言える、もちろん、私の未緒ちゃんほどではないけど・・・
ニヤリッと、彼女(未緒の母)は笑う、その顔は朝方に見せた悪戯っ子の顔と同じ表情であった。

夏の浜辺、ジリジリと半ばヤケクソ気味に輝く太陽の下、私は物陰から如月さんと話しをしている、彼を見る。
ワクワク、ドキドキ……
私は、そんな思いで彼を見ている、入学式の時に遅刻をして来て、入学式の真っ最中に講堂に飛び込んで来た彼、その時に私!館林見晴は、彼に一目惚れしてしまったのだ、だけど自分から彼に好きと、言える勇気は、私にはなかった。
浜辺で寄添い、何事か楽しそうに話しをしている、彼と如月さん、もしも私が彼に、好きです。そう言えていたなら、いま彼の隣に居るのは自分だったかもしれない、それを考えると少し辛くて哀しい……
双眼鏡の視界の中で、如月さんが、そっと彼に寄添う。
「ばかばか、そんなにひっつくな!彼は、私の……」
モノ…とは言えない、でも好きなのは確か、だからこうやって彼の姿をそっと見ている、出来れば彼に自分の存在を気がついて欲しいと思いながら。

「お嬢さん、お茶に付き合ってくれませんか?」
肩を、ポンッと叩かれて、声をかけられる、ナンパだ!女の子が一人、浜辺に居たら、声をかけられるのは当然かもしれない、それに自分で言うのもなんだけど、私は結構可愛いと思うし、でも、私はいまとても忙しい、なんたって彼を見つめているのに忙しいのだ、だから当然事のように断る。
「ごめんなさ〜い、わたし忙しいの、だか……?」
一応、愛想笑いを浮かべて、声をかけた人の方を振り向きながら断ろうとした私の顔が引き攣って、言葉が途中で引っ込む、声をかけて来たのは、女性だった。
年の頃は二十代の中くらいだろうか?黒系のかなりキワドイ水着を身に着けている、その上、かなりの美人さんだ。
「あら?どうしたの、返事がないと言う事は、OKね!さっ行きましょうか、お嬢さん」
その女性は、私の手を握ると強引に私を引っ張っていく、呆然とした私は抵抗する事無く、引っ張って行かれた。

「貴方もコーラでいいかしら?それとも、何か食べる?」
近所の浜茶屋(ちなみに屋号は『海が好き!』だった)で彼女はニコニコしながら、コーラを私にすすめる、私は引き攣ったような笑顔を浮かべて曖昧に応える。
「え?あっコーラでいいです、あの〜何か、私に用事があるんでしょうか?」
私は、恐る恐るに聞いてみる、まさか本当にナンパされたとは思えないし…
「あら、私は可愛い女の子って大好きよ、ほんとに貴方は可愛いわ…」
彼女は、熱い視線を私に向ける、ひえぇぇーーー、ひょっとして、この人は、本物の…あちらの人?
「あの、いえ、私は、可愛くないです、それに、それにそちらの方の…」
私は、あわてて否定する、私にはそんな趣味はない!貞操の危機もヒシヒシと感じる!
「あら、そんな事ないわよ、この髪型、とても素敵だわ」
彼女の手が髪に、スーと伸びる、そして髪に触れ、髪に指を絡めながら、首筋に手が下りてくる、手は首筋から顎に伸びて唇をなぞり、口の中に二本の指が優しく挿し込まれる。
「あっ!」
指が舌を優しく愛撫しながら絡み付いてくる、抵抗できない、正確に言えば抵抗しようとする意識が急激に消えていくのが解った。頭はポ〜と、して思考力が無くなっていくような気がした。
チュポン!
指が口から引き抜かれる、彼女の指にからみついた私の唾液が糸を引いて、唇と指を繋ぐ、次は何をされるのだろう?不安が広がる、そして、その不安の何倍もの熱い期待感を感じてしまう。
彼女の指が、そっと私の顔に近づく、そして鼻の穴に指が、ムニュと突っ込まれた。
「へっ?」
一瞬、呆気に取られた私が正気に戻る、かーーーっと、顔が真っ赤になってくのが解る。
「ひぃ、ひま、何をひたんれすかーーーー!」
恥ずかしさのあまり、鼻の穴に指を突っ込まれたままで、私は大声を出す。彼女はクスクスと笑いながら、鼻に突っ込んだ指を引き抜き、その指先を舐めながら言う。
「ほんの、じょうだんよ、それに貴方に声をかけた本当に訳わね……あっ、コーラ飲む?」
彼女は、コーラのビンを手に取る、そしてキュポンと素手でコーラの王冠を抜く…私は、それを唖然ととして見る、一体何なんだーーー!この人は!
コクコクとコーラをラッパ飲みした彼女が、私の分のコーラを手に取りながら聞く。
「貴方も飲む?」
私は、プルプルと首を振って言う。
「いえ、遠慮します!それよりもー、私に声をかけた本当の訳を教えてください!」
彼女は、肩をすくめてコーラをテーブルの上に戻す、そして私の方を見て(その目は妙にキラキラしていた)言った。
「貴方が朝からズーーーーと、見ていた御二人さん、その女の子の方の母親なの、私……」
私はテーブルの上に思わず突っ伏す。声も出ない、この人が如月さんのお母さん!何が何だか良く分からない、突っ伏してる私に彼女は話しを続ける。
「貴方の気持ちは、良く解るわ!でも、未緒の為にも、お願いだから諦めてくれないかしら?」
私はテーブルから顔を上げる、冗談じゃない、何で私が彼を諦めなきゃならないの?そんな、お願いなんて聞く訳には行かない。
「そんな事!」
怒った口調で言おうとした私の口に、彼女の指が押し当てられ、言葉を遮る、そしてテーブルのコーラビンを指差すと、彼女は身構える。
「はぁ!」
裂帛の彼女の気合と共に振り下ろされた手刀が、コーラビンを真っ二つする、しかも横にではなく、縦に!そして彼女は言う。
「お願い、言う事を聞いてちょうだい、貴方もこうなるのは嫌でしょ?」
彼女は真っ二つなった、コーラビンを指差して言う。 私は少し蒼ざめる、でも!こんな脅しに屈服してたら恋なんか出来ない!
「嫌です!私は好きなんです、この気持ちは誰にも止められません!」
私は、すこし震えていたかもしれない、でもきっぱりと言う。彼女は、如月さんの母は少し悲しそうな顔で言う。
「そう、それじゃ、仕方がないわ、でも、最後にもう一度だけ聞くわ」
「何度、何回、聞いても答えは同じです!」
しつこい、私はもう決心したんだ、この恋は誰にも文句を言わせない!たとえ、どんな目に合っても!
私の目と彼女の目が空中で絡み合い火花をちらす。やがて彼女は悲しそうに目を逸らして言う。
「でも、女の子同志の恋愛って不毛だと思うの、未緒ちゃんには、ちゃんとした殿方が良いと思うの、でも!貴方が未緒ちゃんの事がそんなに好きなら、仕方がないかもしれないわね」
未緒ちゃん〜?????…私は椅子から豪快にズっコケル。
「あっ、あの〜未緒ちゃんて、私が好きなのは〜」
彼女は、私の話しを聞く耳も持たないで、話し出す。
「そうね、いいのよ、そんなに好きなら、ええ!私も応援してあげる、女同志でも本当に好きなら!そうそう、アメリカの何所かの州では女同志の結婚を認めてる所があったわ、そこで結婚式を挙げましょう、うん!それが良いわ」
ズッコケたままの私に如月さんの母が機関銃のように言葉を投げかける、冗談じゃない私が好きなのは、小山さんだ!何でアメリカで如月さんと結婚式を挙げなきゃならない!
「わーーー!待ってください、私が好きなのは如月さんじゃなくて、もう一人の男性の方なんですーー!恐ろしい勘違いしないで下さい!」
慌てふためく私を見ていた彼女の口元が笑顔を形作る、そして言う。
「うふ、そんなの最初から知ってたわよ、るん!」
ズッコケて、浜茶屋の床にはいつくばってる私に、彼女はニッパリと笑って言う。
「へ????????」
私は、多分…そうとう情けない顔で、彼女の顔を見上げたんじゃないかとと思う……たぶん確実に



                           第四話

                     「見晴ちゃん貞操の危機?」



チュルルン!
私は、浜茶屋特製の具の少ないラーメン(二割引)を食べながら、如月さんのお母さんの話しを聞く。
「ごめんね〜脅かしちゃって!あっそのラーメンは、私の奢りだから遠慮なく食べてね、えー……と、そう言えばの貴女のお名前はなんて言うのかしら?」
ズズッと、ラーメンを食べ終えた、私はラーメン丼をテーブルに叩きつけながら答える。
「館林 見晴と言います!」
「見晴ちゃん、て言うの良いお名前ね」
彼女は、相変わらずにニコニコ笑いながら楽しそうに言う、なんだか腹が立ってくる、私は少し怒ったような口調で言ってやった。
「良いお名前ね…じゃ、ないです!何を考えてんですか!」
彼女は少し考え込むよう仕草をする、そして手をポン!と叩くと言った。
「な〜んにも、考えてないわよ、うん!」
私は、空のラーメンドンブリを持ち上げて、投げつけようと身構えた。
「あららっ、冗談、冗談よ、おちついて、せっかくの美人がだいなしよ。」
誰がだいなしにさせたんじゃ!と言う突っ込みの言葉を堪えつつ、私はドンブリをテーブルの上に戻して聞く。
「私をからかってるんですか!」
「うん!」
間髪を入れない返事に、私はもはやドンブリを投げつける気力もなくなる、なんだか……えらい人と出会っちゃったと、思う……
それでも、何とか気力を奮い起こし、もう一度聞く。
「それじゃ、如月さんのお母さんと、言うのも嘘なんですか!」
「ううん、それは本当、今日は未緒ちゃんがどんな男の子とデートするのかな〜と、思ってここに来たのよ」
「じゃ、何で私をおちょくっているんですか!」
彼女はニッコリと、無邪気な笑みを浮かべ、笑って答える。
「だって、未緒ちゃんと彼氏、ず―――と!木陰で座ってお話をしてるだけなんだもん、キスの一つでもすれば、用意した望遠カメラでバッチリ写して、後で未緒ちゃんをからかう良い材料になったのに…ねぇ!貴方もそう思うでしょ?」
私は、何となく如月さんの事が可哀そうになって来た。
「つまんないな〜と、思って見てたら、私と同じように未緒ちゃんと彼氏を見ている、と〜ても可愛い娘がいるのに気がついてちゃって!」
「気がついて?」
「おちょくったら、面白そうだな〜と、思ったの」
「でぇえーーい!」
私は手近にあったラーメンドンブリを彼女に投げつける、しかし彼女は至近距離から投げつけられたドンブリを、手で軽く受け止めるとテーブルの上に静かに置いた。
「あらあら、女の子がこんな乱暴なことしたら駄目よ」
させたのは、おまえじゃー!と、言う突っ込みを喉の奥に引っ込めて、私は憤然と立ちあがり浜茶屋を出て行こうとする。
「あら、見晴ちゃん……ちょと、お待ちなさい」
ゾクリ!と、するような艶かしい声を出した彼女の手が、立ち上がった私の首筋に伸びて絡み付く、耳元に彼女の吐息がかかる、指が首筋を這っていき、胸の谷間(かなり、ささやかだけど…)に滑り込んでくる、私の身体から力が抜けていき、その場にへたり込みそうになった。
「見晴ちゃん、お話はまだすんでないわよ、続きのお話を聞いてくれるわよね?」
彼女の顔がアップになる、私は思わず頷いてしまった。彼女の唇がアップで迫ってくる、記憶の片隅に、突然に彼の笑顔が浮かぶ、そして彼女の唇が私の唇を塞ぐ…彼の笑顔に私は小さく、ごめんなさい…と言って、私の意識はブラック・アウトしてしまった。

 次に気がついた時は、私はどこぞのホテルのベッドの上にいた。
ひぇぇーーーー!記憶が混乱する、え〜と、確か彼女の顔がアップになり、何か生暖かくて柔らかい物が唇を覆って、そして気が遠くなって……の後は思い出せない、混乱する頭で、周りを見渡せば、妙にケバケバしい造りの家具や装飾品!
 ひょっとして、ここは噂に聞く…ラブホテル???
「あら、気がついたのね、見晴ちゃん」
シャワールームのドアが開いて、彼女が、如月さんのお母さんがタオルを巻いた姿で顔を出す。
「見晴ちゃんもシャワーを浴びる?」
彼女の問いに、私はプルプルと顔を振って答える。
「え、遠慮します、それよりもここは何所なんです!、何で私はここにいるんですか!」
彼女はニコリと笑って(気のせいかその笑顔は妙に艶っぽい)タオルを巻いたままの姿でベッドの上、私の横に腰掛けて言う。
「そうね、まずここは何処か?答えは、海から程近い『ラ・ブ・ホ・テ・ル』よ」
ひえぇぇ―――――!あまりに予想通りの答えに、かえって驚く。
「それで、二つ目の質問、なぜ貴女がここにいるか?の答えはね……」
彼女が私の方を見る、そして私に覆い被さりベッドに身体ごと押し倒す。
「こうゆう事よ、見晴ちゃん…」
わぁ―――――!押し倒された私はパニックになる、ちょっと!まって、いくらなんでも初めての人が女の人なんて、じょーだんじゃないよ―――!
「やめてください!おとーさーん!おかーさーん!おねーちゃーん!ひえぇぇぇ――――!」
私は必死になり無茶苦茶に騒ぐ、堅く瞑った目から涙が滲んでくる……だけど、しばらくして気がつく、押し倒されただけで、それ以上の事を彼女が何もしてこないのに
「???????」
私は、そっと目を開ける、涙でぼやけた目に、吹き出しそうな顔をした彼女がうつる。
「プーーーー!クックク…驚いた?」
彼女は笑い出す、私は呆気に取られそれを見ていた。

「ひ、ひどすぎます!」
半べそをかいてる、私に彼女が笑いながら言う。
「ごめんね、ちょっと冗談がきつかったみたいね、本当は海で倒れた貴方を介抱するために、ここに連れてきて休ませていたのよ」
「私が、あなたの娘の未緒さんの彼が、彼さんを好きなのが気に入らなくて、こんな風にからかってるんですか!」
なんだか興奮しているせいか、主語も述語も無茶苦茶になって喋っている…でも、 私は腹を立てている、だってそうとしか考えられない、自分の娘が可愛いもんだから、私にこんな意地悪をしてるんだ、そうとしか考えられない!
「それは、違うわよ見晴ちゃん?」
彼女が優しく、真面目な口調で言う。
「どう、違うんですか!」
これだ、こうして突然に真面目な口調や表情になる、でも!もう、騙されない!どうせこの後で、また馬鹿な事を言って、私をおちょくるんだ!
「ん〜…もしも彼が、未緒や貴女が大好きな彼が、未緒と別れて貴方と一緒になっても、それは仕方のない事だから、それは私がどうこう言う事ではないわ」
「え?」
私は涙を拭いて、彼女を見る
「人が人を好きになるのは、その当人達の問題ね、だから他人がどうこう言う事ではないの、この先、貴女がに告白して、一緒になって、結果として未緒が悲しんだとしても、私に出来るのは、未緒を私の胸で気のすむまで泣かせてあげる事くらいしかないわ」
「でも、でも……」
何と言って良いのか解らない、そんな私に彼女は優しく頬擦りをする。
「いいの、いいの、それに、未緒ちゃんは結構強い娘よ、貴女に負けないと、私は思うわ」
「私だって、負けません!」
私は思わず、大きな声を出す。彼女がクスクスと笑っている、私もつられて一緒に笑ってしまった。

ラブホテルの駐車場、バイクにまたがった彼女がエンジンを駆けている、結構大きな音がしている。
「今日は、いろいろと、ありがとうございました!」
エンジンの音に負けないように、私は大きな声で言う。
「いいのよ、私も楽しかったわ」
彼女がヘルメットを小脇に抱えて応える、あの後、私と彼女はいろんな事を話した、私の事、彼女の意外な(ある意味では納得の行く)過去の事、未緒ちゃんの事、そして彼の事……彼が付き合っている他の女の人の事、気がつけば、私と彼女は友達になっていた。
「最後に、一つ聞いて良いですか?」
「なあに?」
「なんで、私にこんなに親切…と言うのか、かまってくれたんですか?」
彼女はニパッと、笑うと顔を近づけて言った。
「最初に言ったでしょ、私は可愛い女の娘が大好きなの」
彼女の紅いルージュをひいた唇が私の唇に迫る、一瞬抵抗しようかと思うが、抵抗は出来なかった…だけど、ギリギリまで近づいてきた唇が、スーと離れていく、ドギマギしてる私に彼女は優しく微笑んで言う。
「うふふっ、やっぱり止めとくわ、ファーストキスなんでしょ?未来の彼氏に怨まれたら困るもん」
彼女がバイクのエンジンを一際大きく吹かす、そして駐車場を出て行く、後には狐にでも抓まれたようにポカンとしてた私が、慌てて走り去るバイクに向かって大きな声で言う。
「私は、負けませんからねーーーーーーーー!」

「ただいま〜お母さん、これお土産ね」
海から帰ってきた未緒が母に、お土産の「大海水浴饅頭・10個入り・800円(税別)」を渡す。
「お帰りなさい、未緒ちゃん御機嫌ね」
未緒は、にへら〜と、笑いながら答える。
「うん、とっても楽しかったわ」
「あらあら、彼と木陰で、おしゃべりしたのがそんなに楽しかったの?」
ピキーン!…未緒の顔が固まる、そしてゆっくりと母の方を向いて言う。
「お母さん…何で、私が彼さんと木陰でお話をしてたの知ってるの?」
少し、焦ったような顔をした母が未緒の方を見て言う。
「そ、それは、秘密です」
「ふざけないで!答え次第では、私これから沙希ちゃんの所に行くから!」
母が、笑顔で(俗に言う、笑って誤魔化しながら)言う。
「簡単な推理よ、昨日の事と同じよ」
「簡単な推理?」
未緒が疑いの眼で母を見る、母はゴホン!と、咳払いをしながら勿体をつけて話し始める。
「まずは第一に、未緒ちゃんがあまり日焼けしてない事ね」
「日焼け?」
「そうよ、これは未緒ちゃんが何所かの木陰に、ズーーーと居たからだと思うの、違うかしら?」
「ええっ、そうよ日差しが強かったから木陰に居たわ」
「第二に、未緒ちゃんがとっても楽しそうに家に帰ってきた事ね」
「??????」
「もし、木陰に居た未緒ちゃんをほっぽりだして、彼が勝手に行動してたら、自分の身体の弱さを悩んで、落ち込んで帰ってきるはず、なのに楽しそうに帰ってきたのは、彼が一緒に居てお話をしてくれたから…だから楽しそうに帰ってきた…以上の事から推理したのよ」
本当だろうか?一応、理屈は合う、でも…ちらっと、母の顔を見る、母のニコニコとした笑顔を見ると、まっ良いかと言う気になってくる。
「良いわ、お母さん今回は信じてあげる」
母が幸せそうな顔で未緒を見て言う。
「それじゃ、もうすぐご飯だから、その前にお風呂に入っちゃいなさい」
「はぁーい」
着替えを取りに自室に行こうとする未緒に、母が言う。
「未緒ちゃん、彼女に負けちゃ駄目よ!」
意味不明の母の言葉に、未緒は首を傾げながら自分の部屋に向かった。そんな未緒の後ろ姿を見ながら母はポツリと言う。
「ん〜、当分の間は退屈しないですみそうね、み〜おちゃん、お母さんは何時でも一緒だよ、るん」

         第一部 【 見晴ちゃんの災難 】…おわり


        第二部 【 魅羅ちゃんの災難 】へつづく?



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