『 帰還 』


甲板へと引きずり上げられたシーラが、最後の力を振り絞り暴れる。
「いやぁぁーーー!!死にたくない!死にたくなぃぃぃーーーー!」
暴れるシーラを抱えていた男の手が緩み、シーラが甲板へと落ちる、転がるようにシーラは、這い回りながら濡れた甲板を必死に逃げ回る。
「チッ!往生際の悪いり女だぜ!」
すでに、男達にとってシーラは、邪魔者でしかなく、早い所始末をつけてしまいたい存在でしかなかった。
甲板に合った鍵棒、海からシーラを引き上げた時に使用した、先端がフック状になっている棒である、それを逃げ回るシーラの足めがけて振り下ろした。
「ぎぃぎゃっ!」
足首、ちょうどアキレス腱の辺りにフックの先端が突き刺さり、シーラノ動きを止める、男はズルズルとそのままシーラを引きずり、船べりへと歩いていく
「いぎぃいぃぅーー!!いやだぁぁーーー死ぬのはいやぁぁーー!捨てないで、海に捨てないで!助けて、もっとなんでもするからぁぁーー!」
シーラの悲鳴も哀願も、男にとって何の意味も無い叫びであった……いや正確には違う、シーラの叫びは耳障りであり、男にとって不快感を増大させた。
「ギャーギャーうるせぇ!先にぶっ殺してから、海に叩き込んでやるつもりだったが、気が変わった!」
男はそう言うと、シーラの足首に引っ掛けていたフックを、手首を返して外すが、その拍子に足首の肉と腱がゴゾリと引き千切れ、血が噴出す。
「ひぎぃぃーーーー!!」
激痛にのたうつシーラに向けて、フックの先端が数回振り下ろされる、鋭い鍵爪がシーラの肌に突き刺さる肉をえぐり、血を吹き出させて行く、そうしながら男は血塗れになったシーラの片腕をロープで縛り上げ、ロープの片方を船にくくりつけてシーラを海へ突き落とした。
「船長、何する気なんですか?」
周囲で、一連の行動を見ていた男達が聞いてくる。
「な〜に、ちょいとした見世物だよ、退屈な船の上での見世物さ」

方腕を縛られたまま、シーラは海へ投げ落とされる、ロープで船体に繋がれているので、低速で航行している船に引きずられる格好で波間を漂っているが、傷付けられた身体から流れ出る血の量は、あと30分もしないうちに失血死に至るであろう事を示している、しかし男がシーラの身体を傷付け血を流させたのは、失血死を狙って出の事ではない、男の真の狙いは数分もしないうちに判明した。
船に引きずられ波間を漂うシーラが、失血により薄れ行く意識の中で、自分の方に近寄ってくる巨大な魚の影を見つけたのは、投げ込まれてから5分もしない時であった。
シーラの頭の中には、地上界の海に生息する鮫と言う魚の知識は無い、果たしてそれは幸福な事であったのか、不幸であったのか知る者は誰も居なかった。
「お客さんが来たぞ、ショーのはじまりだ!」
船上で、鮫が三角の鰭を波間に見せながら近寄ってくるのを確認した船長が、面白そうに他の男達に言う。
ぞろぞろと男達が、縛られて船に引きずられているシーラが見える場所へと集まる。
当のシーラは、これから何が起こるのかを知らなかった…やはり、鮫と言う生物を知らなかったのは、幸福な事であったのかもしれない…
意識は半分なくなっている、しかし足を引っ張られるようなガクンとした感触を感じる。
「なに…?」
薄れる意識の中で、シーラは自由な方の手で足を触るが、足は消え去り、そこには何も無かった。
「えっ!」
意識が急激に覚醒し、はっきりとして行くのと同時に、激しい痛みを足に付け根付近に感じる、そこに手を持っていく……何も無い、ただ無くなった場所から吹き出してくる血の生暖かい感触だけがあった。
「ひぃぃーー!!」
叫ぶシーラの目前に、噛み千切ったシーラノ足を食え込んだ鮫が浮上する、そして狂ったように突進してくる巨大な影を見る。
ここに至ってシーラは理解した、この巨大な魚達は私を喰らうのだと言う事を!
「いやぁぁーーーごびっ!助けてぇぇーーお願いィィーーーひ!」
わき腹にゴソリとした歯が食い込む感触を感じる、そしてわき腹から溢れ出す血の感触、尻の肉を引っ張られ食われる感触…腹からこぼれ出した内臓に群がる鮫たちの饗宴、船とシーラを繋いでいたロープに、シーラの白い腕だけを残してシーラは鮫の群れの中に消え去る。
「ちっ!もう少し楽しめるかと思ったが、案外とあっけないもんだったな」
そう船長が言った瞬間に、波間から飛び出してきた鮫の口に、シーラがくわえ込まれ居るのを確認する、片腕で必死に鮫の口を開け様と足掻き、助けを求めるかのようにこちらに突き出された腕、そして海へと再び飛び込む鮫、ぶくぶくと血の泡が広がる海面に、鮫は二度と姿を現すことは無かった。

身体を噛み千切られたシーラの首が、海の底へと落ちていく…恐怖と絶望に固められた、その形相はこの世の物とは思えない程に醜く歪みきっており、もしかしたら鮫もそれに恐れをなして食わなかったのかも知れない…
はたしてナの国の女王シーラ・ラパーナは、その負債のすべてを支払い終え、その魂がバイストン・ウェルに帰還できたかを知る術は無く、海の底へと沈んでいったシーラの生首の行方もわからない事であった。


                                                    終

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