『 忘れ去られた王女 』


船上にシーラを連れ出した男達が、シーラを海へ突き落とそうとした時、その耳にヘリの爆音が響き渡る。
「なんだ!」
「どうした!」
男達は、爆音がした方を見る……そこには、完全武装をしたヘリコプターが、銃口を船長達に向けており、ヘリコプターのスピーカーから命令が下された。
『その女性を放して、両手を挙げて降伏しろ!そうすれば命の保障だけはしてやる!』
騎兵隊はギリギリ間に合ったのである。

空母に保護されたシーラ・ラパーナは、その精神と肉体のショックのために数日間を寝て過ごす事になったが、順調に回復していった。
(ただ惜しむらくは、同じバイストン・ウェルの住人たる、ミ・フェラリオのチャム・ファウとは、行き違いになり、再開する事が出来なかった)
バイストンウェルの聖女王シーララパーナの生存は、数々の悲劇の中における唯一の幸運な出来事に思われた。
(シーラが助け出された密漁船の乗組員たちによって、暴行を受けたという事実は完璧なレベルで秘匿する事に成功した)
それから数ヶ月、シーラ・ラパーナは闘いで荒廃した地上界の各地へ赴き、人々に希望を与え続けていたが、何時の間にか表面に出る事が少なくなり、マスコミの前から姿を消し去った。
無責任な噂が幾つも流れたが、それも何時の間にか消え去り、シーラ・ラパーナと言う存在は、人々の間から徐々に忘れ去られていった。

「エル、ベル、お菓子が焼けましたよ」
庭で駆けまわって遊んでいる娘達の名を玄関で呼ぶ女性がいる、年の頃は二十歳を少し越したくらいの、どこと無く気品を感じさせる女性である。
「はーい!」
遊んでいた子供が、元気よく返事をして母の待つ玄関へと翔けて来て、バフンと母の胸に甘えるように飛び込んでいく
「あらあら、甘えっ子なのね、二人とも……さあ、今日のプティングはお母さんの自慢の一品なのよ!」
子供をを引き連れて家の中に入っていく母親…その姿を見た近所の人は、心の片隅で思い出しかも知れない、かって存在したシーラ・ラパーナと言うバイストン・ウェルの聖女王の事を、しかしすぐに被りを振って思い直す。
そんな筈が無いと、この家に住んでいるのは海軍のヘリコプターパイロット旦那と、その妻と双子の娘達の筈だ、そんな人がこの場所にいるはずが無いのだから…
しかし、思い出した事は正解であった。
海軍のヘリコプターパイロットを夫に持ち、双子の娘の母親となったシーラ・ラパーナ本人なのだから、最も今は名を変えているマーベル・ウィルソンと言う名前に…

それは、あの最終決戦が行われてから、数ヶ月の月日が経ち、シーラが荒廃から立ち直り始めた地上の各地を訪問している時に判明した。
シーラは妊娠をしていた…すでに、四ヶ月以上が過ぎ、堕胎するにはギリギリであったが、シーラは堕胎を拒否した。
お腹の中の子供の父親は、あの密漁船の中で自分を犯した男達の中の誰かであろう、愛し合ったすえに授かった、祝福すべき子供ではない、しかし多くの命を奪う戦いを経験をしたシーラにとって、自分の中に生まれた小さな命を摘み取ることが出来なかった。
関係機関は、シーラの意思を尊重した上で、極秘プロジェクトを組んで、一切を秘密にしシーラに無事出産をさせる、生まれた子供は双子の女の子、シーラはその子供達にエルとベルと言う名前をつける、それはバイストン・ウェルで、地上界で何時も自分の傍にいてくれた、二人のミ・フェラリオの名前であった。
二人の子供を育てるシーラの元に、一人の男性が現れる、あの時…密漁船から自分を救い出してくれたヘリコプターのパイロット、そして二人は愛し合い夫婦になり、新しい戸籍を与えられて、人々の中に暮らしの場を移した…それが、シーラの最後の望みであった。
だから、シーラ・ラパーナと言う名前の聖女王は、どこにも存在しない……優しい夫と、可愛い双子の娘に囲まれて過ごす、一人の女性がいるだけであった。


                                     終


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