墨闇〜前伝
神迎えの夜に…小夜
序章
『 終わりと始まり…… 』
深夜と言うにはまだ早いが、すでに陽は完全に暮れ切っており、周囲は暗闇に包まれいる。そして折から降り出した雨により視界は悪くなる一方であった。
そんな視界の悪い山道を、夜目にも鮮やかな赤いボディを持つスポーツカーが、曲がりくねっている山道をタイヤを軋ませる等と言う無駄な動き一つせずに、機敏かつ正確な動きで見事に疾走している。
その車内へと視線を移せば、車の運転席には、二十歳を幾らか越したと言う感じの若者がハンドルを握しめており、その隣の助手席には十五、六歳位の少女が座っている。そして後部座席には、どこかのおもちゃ屋で買ったのだろうか、大きな熊のぬいぐるみが一つ一人前の空間を占拠していた。
時折助手席の少女が、時折後部座席を振り返り、その大きな熊のぬいぐるみを見て、嬉しそうだが、どこか寂しげな表情を浮かべつつ、運転席の若者を顧みている。そして、その姿を横目で見守るように見ている運転席の若者も、同様に少女を慈しむ眼差しの中に、寂しげと言うよりは哀しみを秘めた光があった。
時折眼差しを交わす以外は、何を喋るでも無く二人は沈黙を守っていたが、運転席の若者が、少女へと声をかける。
「そろそろ行こうか?」
何処へ行こうというのだろうか? それが何を意味するのかは不明であったが、やはり優しく何処か物悲しい口調であった。
青年の口調と同じ様に優しいが、どこか物悲しい眼差しを浮かべた少女は、若者の方へと顔に向けながら言う。
「うん……兄さん……ごめんね……」
青年の手が少女の方へと伸ばされ、その少女の顔を自分の方へ引き寄せ、その唇に優しく自らの唇を重ね合わせる……
唇を重ね合わせたままの二人が乗る車は、スピードを増しながら直進して行く、そしてカーブにさしかかっても、車はスピードを緩める事無くガードレールへと突き進む!
凄まじい音と共に車はガードレールを突き破り、赤い車体はガードレールの破壊音だけを残しながら、夜の闇の中へと姿を消して行く……そして後には、雨の音だけが聞えるだけであった。
第壱章 『 獲物 』へ進む
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