柊三姉妹物語
章乃五
【 亜衣 】
「 覚めない悪夢の中で… 」
25年目の新婚旅行だと笑いながら家を出て行った、お父さんとお母さん…それが、私が見た最後のお父さんとお母さんの姿だった。
眠っている所を、椛お姉ちゃんに起こされる…少し寝惚けたままの私が、ふくれっつらで言う。
「もう…お姉ちゃん、何なの…明日、学校早いんだから…」
寝惚け眼で見上げたお姉ちゃんの顔…何だか今にも壊れてしまいそうな強張った顔…その顔を見て、私は嫌な予感が湧き上がって来るのを押えられなくなってくる。
「お姉ちゃん…どうしたの?…ねえ、お姉ちゃん!」
そして、椛お姉ちゃんは…お父さんとお母さんが乗った飛行機が、事故で墜落したと言う事を私に言った…
正直に言えば、それからの記憶はあんまりハッキリしていない…夢の中に自分が居る様で、何もかもが夢のように思えて、この夢から目を覚ましたらお父さんやお母さんが、何時ものように居間に居て、新聞を読んでいたり、TVを見たり話をしている…そんな気がしていた。
だけど、父さんとお母さんのお葬式が終って、ガランとした家の中に一人で居ると、何かがお腹の中から喉にせり上がって来て、口から何かがこぼれ出しそうになってくる。
でも、それをお姉ちゃん達の前では言えない、言っちゃいけないとわかっているから言わない…それでも…だから…
庭にある大きな柿の樹、お父さんとお母さんがこの家に引っ越して来た時に、庭に植えたと言っていた樹、その樹の下で私は涙を堪える…泣いたらお姉ちゃん達を心配させるから…でも…
「お…父さ…ん…おか…ぁさん…」
声を詰らせ、お父さんとお母さんを呼ぶ…返事が返ってくるはず無いのに…樹の下に蹲って、泣き出しそうになっているのを、必死に我慢して……
ぽん!と肩に、誰かの手が置かれるのを感じる、そして涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔で見上げた先には、一つ年下で幼馴染で子分で弟分で…櫂の顔があった。
「あ…ぐぅ…ひぃぐぅぅ…」
意地を張りたかった…泣顔なんか、子分で弟分で年下で…見せたくなかったのに、櫂の顔を見た瞬間に必死になって、今まで我慢していた涙が溢れ出してきた…
「あ…あぐぅ…おどうざ…ん…おがぁぁざ…ん…ぐぅひゅっ…」
涙を止められない…止まらない…
「あっ…うわあぁぁぁーーーんんんっぁぁーーん!!」
大きな声を出して私は泣く…泣いて泣いて…涙と鼻水でくしゃくしゃの顔を、櫂の胸に擦り付けて、押し付けて…泣きながら、意識を失った私の意識が戻ったのは、自分の部屋…そのベッドの中だった。
気がついた私の頭の上には、椛お姉ちゃんの手がのせられていた、横を見たら由美子お姉ちゃんも居た…何か、また涙が出てきそうになったけど、ぐっと!我慢をする…そして、お姉ちゃん達とお話をする…お父さんとお母さんの事を…途中で何回か泣いて、何回か笑って…そして、私は眠った…久しぶりに、心の底からぐっすりと…
翌朝、私は櫂の家へと向かう、そして櫂に向かって言う。
「ん〜…これ私の借りだからね、だから…この先、一回だけ櫂のどんなお願いも聞いてあげる、だけど…」
キョトンと言うか、困った様な恥かしそうな表情をしている櫂に向かって私は、ビシッ!と指を突きつけて、大きな声で言った!
「だけど!あんたは、まだまだ私の子分で!弟分なんだからね!」
ほんとは素直にお礼を言いたかったんだけど…櫂の顔を見てると、なんだか恥かしくなってきて…それを隠す為に、なんだかむちゃくちゃな事を言い放ってしまう…ああ、私のばか…
まあ、経緯はどうであろうともお礼は言った…と思う…私は、クルリと後を向いて、櫂の家から出て行った。
チラリと後ろを振り向いて見たら、櫂の奴がポカンとした顔をして私を見ている、そして後ろを向いた私と視線があった瞬間に、何故か大笑いをした。
「笑うなっ!」
櫂の所に走り戻った私は、櫂の頭を思いっ切りグーで、ぶん殴る!そして、今度は後を見ないで家へと掛け戻るけど、櫂の大きな笑い声は消える事が無かった。
「 櫂 」
あれから二年…私は中学二年生になり、当然ながら一つ年下の櫂の奴は、中学一年生になって私の後輩をしている、ちなみに部活も同じ美術部に所属していたりする。
私の方は、ほとんど幽霊部員と言う奴なんだけど、後輩である櫂に奴は、真面目に美術部の部室へと来ては、スケッチブックに木炭でデッサンをしたり、置かれている美術全集の本を真剣に読んだりして一生懸命にがんばっている。
そんな真面目な櫂の奴に引っ張られるような感じで、何時の間にか私も美術部の部室へと顔を出し、櫂と一緒にスケッチなどをしたりする機会が、少しずつ増えて行った。
その日の放課後、美術部の部室には私と櫂の二人しかいなかった。
かっての自分を含めて、幽霊部員が結構多い美術部…話を聞くと、部室にいるのが櫂だけと言う事も珍しくないらしい、とにかく私と櫂は同じモデル石膏を使って互いにそれを、スケッチブックへと描き始めた…そして、数十分がたった。
一応の完成を書き上げた私、となると同じ物を描いている櫂の絵の出来具合が気にかかる…私は、真剣な眼差しで絵を描いている櫂の背後へと回りこんで、どんな風に描いているのかを覗き見た。
普段から真面目に美術部をしている櫂の奴、実際に芸術と言うか絵の才能があるように思える、幽霊部員の私が見ても上手いと言うか…魅力のある絵を描いているのがわかっていたが、背後から覗き込んだスケッチブックに描かれていた絵は、私が描き上げた絵の10倍は凄かった…
思わず…負けた!と言う言葉が頭にペタリと張り付く…そして、同時に何だか、言い様のない腹立たしさを感じ始めていた。
小さな頃から櫂は、年下で!私の子分で!弟分で!…まあ、圧倒的に私の方が優位であり、親分だった筈だ…なのに、中学生になって同じ部活の先輩だと言うのに、私の事を最近は敬っていないようにも感じる…
まあ、冷静に考えれば、それが思春期に入った男の子の、ごく普通の事なんだろうが…だけど、私よりも10倍は上手い絵を描き上げている櫂を見た瞬間に、そんな理性的と言うか常識的な思考回路は、遥か彼方に消え去ってしまった。
何とかして、私が櫂の親分である事を思い知らせてやらなければならない!…冷静に考えれば、ばかな事なのだが…その時の私は、紛れもないばか!…大ばかだった……
ではどうやって、自分の事を思い知らせてやるべきか…少し考えた末に、私はそれを思い浮かばせ、それを実行へと移した…今考えれば、確かに大ばかな行動だったと思う。
背後からスケッチブックを覗き込みながら、私は櫂に聞く…
「ねえ、櫂…恋人と言うか、ガールフレンド…誰かいるの?」
「へっ?」
と言う私の問いに、櫂の奴は素っ頓狂な声を出したかと思うと、なかなか豪快にずっこけた。
どうして、この様な事を聞いたかと言うと…正直言って、良く思い出せなかったりする、ただ自分が年上であると言う事を、櫂の奴に見せ付けたかったからだと…思う…たぶん…
「あ…あのね、亜衣姉ちゃん!」
何とか復活した櫂の奴が、怒ったような口調で言う…そんなに怒るな、私の性格は小さな頃から知っているだろうに、ケラケラと笑う私を見た櫂が、ちょっとだけ意地悪な顔をしたかと思うと、突然に言った。
「そう言えば、亜衣姉ちゃんに…貸しがあったよね?」
ドキッとする私…そう言えば、そんな約束していたような気が…
「…ねえ、もう時効と言う事で…ちゃらにならない?」
ニコッ!とできるだけ可愛らしい笑みを浮べて、櫂に聞きいたけど…
「だ〜め!約束は約束!」
連れない櫂の返事…仕方が無い、約束は約束だ…
「しょうがない…でも、一つだけだぞ!」
私の変じに、櫂の奴は、さっき見せた少し意地の悪い顔をして言った。
「亜衣姉ちゃん、いまね人体の基本デッサンの練習してるんだけど、本当ならガールフレンドの子に頼もうかと思ってたんだけど…亜衣姉ちゃん、ヌードモデルしてくれない?」
今度は、此方の方が、豪快にずっこけた。
「あのね〜…」
こけた体勢を何とか持ち直しながら、そんな事できるか!…と言おうとして気がつく、櫂の奴が笑っているのに…どうやら、櫂の奴としても本気で私にヌードモデルだ何て事は、期待してないようだ…一本取られた形の私のからかいに対して、反撃に出たらしい…
突然の事に、慌てふためく私の姿を見て、逆に笑うつもりなんだろうと櫂の考えが判る…そうわかってくると、逆にムラムラと腹が立ってくるというか、思い通りにしたくないと言う気持ちが、強烈に沸きあがってくる…私は、櫂の親分なんだから!!
「わかった!約束だから、ヌードモデルになってやろうじゃない!」
そう言い放つ私を見る櫂の顔、驚きに目を見開きボー全としている…
「でも、学校じゃさすがにやばいから、明日の土曜日に、あんたの家に行くから、そこでだよ、それでいいね!」
そういって美術室を出て行く私、出て行く時に見た櫂の奴の顔…まだ驚きに固まっている…ざまあみろだ!
いい気分で、美術室を出て行く私…でも、この時点で明日の事は、何にも考えていなかった…自分が言った意味に気がついたのは、家に帰ってからだったりする。
「 モデル 」
シャワーを浴びて、念入りに体を洗う…朝から数えて、三回目のシャワーだったりする…そして、脱衣場で鏡を見て、その鏡に写る私の顔に向かって、笑ってみる…怒ってみる…泣いてみる…表情を様々に変化させてみる…それは、さながら百面相のよう…
「ねえ、亜衣…朝から、同じ事を何回しているの?」
鏡に向かっている私の背後からの声…すぐ上の姉である由美子姉ちゃんの声だった。
「あはっ!なんでもないない!」
ぷるぷると顔を左右に振りながら、誤魔化すような笑顔を浮べる私を、由美子姉ちゃんは心配そうに聞いてくる…
「ねえ…亜衣、何か変な物でも食べたの?」
ズ!と…なりそうなのを辛うじて堪える…いや、聞く事欠いて、変な物を食べたかって、年頃の乙女に聞くことだろうか?
こんなパターンの場合、普通は…少しは色っぽいと言うか、そちら方面に話が展開して行くのではないだろうかと思う…だから逆に聞き返してやる!
「大丈夫、それよりも由美子姉ちゃん…彼氏とは、上手く行ってるの?」
そう聞き返した瞬間、由美子姉ちゃんの顔が真っ赤になる…なんか、前にTVで見たカメレオンかタコのようだった。
「ばかっ!大きな声で言わないの、椛姉さんには秘密なんだから!」
由美子姉ちゃんが、お付き合いと言うか…好きな人は、由美子姉ちゃんが通っている学校の先生だったりする、私がこの事を知ったのは偶然だったけど、真由美姉ちゃんに厳重に口止めをされている、学校の先生と交際すると言うのは、やはる何かと難しいらしい、そして近いうちに自分から、椛姉さんにこの事は話すから、それまで絶対秘密のだと言われている…
(ちなみに口止め料として、カエルのぬいぐるみを買って貰っていたりする…)
とにかく。慌てる由美子姉ちゃんを後にして、私は自分の部屋へと戻って行った。
自分の部屋に入る…念の為に鍵も掛ける…そして、下ろしたばかりで、まだ一回も身に着けた事の無い下着を身に着ける前に部屋の中にある、姿見用の大きな鏡に自分の裸体を写す。
少しポーズを取ったり、胸を少しでも大きく見せる工夫なんかのポーズ工夫したりするが…その鏡に写っている自分の裸を見ながら、自分は一体何をしてるんだろうと言う思が湧き上がって来る…それでも、再度鏡に自分の姿を映し出してみる…そして、また考えてしまう…本当に何してるんだろ…と?
パン!と、両の頬を掌で叩いて気合を入れる、そしてその勢いで用意した下着を身に着けて、これもまた準備していた服を着ると部屋から飛び出して、玄関まで一気に階段を下って行く
「お姉ちゃん!友達の所に行ってくるから、お昼はいらないよ〜」
そう家の中に叫んで、家から飛び出したのは、朝の9時ちょい頃だった。
ゆっくり歩いても5分、急いで走れば1分で到着する櫂の家へと着いたのは、家を出てから30分も経った後だった、そしてたどりつた櫂の家のチャイムを鳴らす。
勢いよく開いた玄関のドア!そして開かれた玄関の中に櫂の奴がいた…
「本当に来たの…亜衣姉ちゃん…」
驚いたような…興奮したような…恥かしそうな…嬉しそうな…そんな複雑な表情をしながら、玄関前に立っている私を見ている櫂…
「約束を守るのが、女の子なんだからね!」
私はそういって玄関の中へ入る、ドアを絞めた。
とりあえず茶の間へと私は通され、お茶などを出される…座って茶を啜り、改めて家の中を見回す…以前に遊びに来ていた時と、雰囲気はそんなに変わっていないな〜…などと言う事を考えながら、ふと気がつく…
「ねえ、櫂…」
「えっ!んっあ…なに、亜衣姉ちゃん?」
ドキン!とした感じ、慌てたような口調で聞き返す櫂を、私はジト目で見ながら聞いた…
「櫂の…お父さんとお母さんは?」
「え〜と…昨日の晩に連絡が来て、親戚の葬式に行くからって、二人とも…明後日まで出かけて…」
飲みかけていたお茶をひっくり返して、テーブルの上で私は悶絶と言うか…突っ伏してしまう。
その姿を見た櫂は言う…
「だから…ヌードモデルの話し…今度にする?」
「ふふふふ…」
テーブルの上から顔を上げ、笑いを漏らしながら私は言う…
「問題なし!私は単にヌードモデルだけを、してやりに来たんだからね、それとも櫂!何か良からぬ事でも考えてるの?」
ぶんぶんと勢いよく頭を振り回す櫂…よ〜し、ならば、本当に問題なし!
「それじゃ、早速開始スッかね!」
すっくと立ち上がった私は、櫂の腕を掴んで、引きずるようにしながら、記憶にある櫂の部屋へと突き進んで行った。
二階の会の部屋、二間続きの大きな部屋、絵の道具だとかが置かれている…真面目と言うか、真剣に絵を勉強していると言う櫂の、絵に対する姿勢が見えるような部屋だった。
さすがに緊張と言うか…ドキドキとしてくる…今ここで…
『いや〜櫂、ごめんね!やっぱりやめとくわ』…
何て事を言ったら、櫂の奴は怒るかな?…なんて事を考えてしまう…本当に、そう言ったら櫂の奴は、文句とかを言いながらも中止にしてくれるだろうが…私のプライドが、それを許さない!
だから、部屋に入るなり私は威勢良く着ている服を脱ぎ始める!
「あっ!亜衣姉ちゃん、ちょっと待って、いまシーツ持ってくるからそれに包まって…」
慌てたような櫂の声…確かに言われればそうだろう、なにもヌードモデルをするからと言って、常時すっぽんぽんで歩き回る必要もない…それに裸のままじゃ寒いし…
「んじゃ、早くシーツを持ってきなさい!」
多少の照れ隠しを含めた口調で私は言う、すでに上に着ている服は脱いで、下着だけと言う姿にまでなっている。
そして手渡されたシーツ、それに包まりながら私は下着を脱ぎ、シーツ一枚だけの姿で櫂に聞いた。
「それじゃ…どんなポーズとる?」
手っ取り早く済まして、早く家に帰ろうと考えている私は、急く様にして櫂に言うが、そんな私を見ながら櫂の奴は…
「あに…亜衣姉ちゃん…本当に良いのかな?モデルが嫌だったら、やめてもいいけど…」
その煮え切らない態度に私は、何だか腹が立ってくる…腹が立ったら、私がする行動は一つだ!
「ばか!櫂は絵のモデルとして私のヌードをデッサンして、勉強したいんでしょう!それとも何、別の目的があるとでも言うの!」
そう言って、櫂の頭に拳固を振り下ろしてやった。
殴られた頭を押えながら、櫂の奴はぶんぶんと頭を左右に激しく振りながら言う。
「ちがう、ほんとうに亜衣姉ちゃんの身体を描きたいいんだ、綺麗な亜衣姉ちゃんの裸を!」
櫂の言葉に、なんだか顔が緩むと言うか…ドキリとしてしまう。
「え…あっ…よし!だったら早くポーズを指定しなさい、言う通りのポーズをしてあげるから!」
「うん…だったら…」
櫂がポーズを指定する、私は身を包んでいたシーツを外して、何も身に着けていない裸身を櫂の眼に見せてあげた。
一瞬、顔を伏せた櫂だったが、すぐに私を真剣な眼差しで見て言う。
「亜衣姉ちゃん…綺麗だよ…本当にありがとう…」
ボッと顔が赤らむのが判る、だけどそれを誤魔化すようにして、大きな声で私は言う。
「バカ!早く、ポーズをキチンと指定しなさい…結構疲れるんだから…」
微かに櫂の笑い声が聞えたような気がしたが…聞かなかったことに私はした。
そして櫂はポーズの注文をつけてくる、私はその注文にしたがって様々なポーズをとってやる…もちろん全裸の姿で…最初は恥かしいと言う気が、まったく無かった訳じゃないけど、私を見ている、真剣な櫂の顔を見ているうちに…恥かしいと言う感情は少なくなり、雪のように消えて行く、そして逆に私の身体を…裸の身体を櫂にたくさん描いて欲しいと思っていた…
「上手く描けた?」
「えっ!あっああ…良く描けた思うけど…亜衣姉ちゃんは、どう思う?」
櫂の背後から首を伸ばして、描かれたスケッチを見る…わざと、自分の胸を櫂の背中へと押し当てているのは、ちょっとした悪戯だけど、櫂の奴がドキドキしてるのが良く判る、それが何だかとても楽しくて嬉しい…そんな事を考えながら見た、私のヌードが描かれているスケッチブックを良く見る…なんと言ったら良いのだろう?
モデルをしている自分が言うのも恥かしいけど…綺麗だと思う、描かれている私がと言う事ではなくて、描かれている絵がとても魅力的で綺麗だと思った。
「えっ?あっうん!良いと思うよ…でも…」
「でも?」
「私の胸って…もう少し大きくなかった?」
「いや、やっぱりモデルに忠実と言うか、嘘は描けないと…ぐへぇ!」
頭を怒突かれて、床のへたばっている櫂の姿を見下ろしながら、私は脱いでいた服を着始める…デッサンを介してから、途中の休みや御飯を食べたのを含めて8時間と言う時間が過ぎている、最初は1時間もモデルをしたら、すぐに帰ろうと考えていたんだけど、真剣な櫂の姿を見ていると、自分から終わりと言い出し難くなったし、モデルをしているのも楽しくなって来ていたし…でも、そろそろ家に帰らなければいけない時間帯だと思う。
床から起き上がりながら、櫂は言う。
「亜衣姉ちゃん、今日はありがとう…」
その言葉を聴いた私は満足する、そして聞き返す。
「あたりまえでしょう、何てたってモデルが、この私なんだから!…所で、次にモデルをするのは何時頃がいいの?」
「えっ?」
驚いたような櫂の顔…それを見ながら私は言ってやる。
「まさか、これで終わりじゃないんでしょう、それとも…一回だけで、私の裸に飽きちゃって、もういいや…なんて事を考えてるんじゃないでしょ〜ね!」
またもや櫂は、ぶるんぶるんと頭を左右に振る、そして言う。
「あの…本当に、次もいいの?亜衣姉ちゃん…」
またもや握りしめた拳で、櫂の頭をぶん殴りながら、私は言ってやる。
「約束は、櫂が…櫂が、もういいと言うまでの約束だと私は、思ってるんだからね!」
すっかり服を着た私を、櫂は家まで送ってくれた…二人で歩く暗い道、街灯とかがポツンとあるけど、その暗い道を私と櫂は一緒に歩く、なんか手持ち無沙と言うのか、手をブラブラとさせている櫂の手を、私は強引に掴んで手を繋ぐ、ちょっと驚いたような櫂だったけど、すぐにその手を逆に強く握り返してくれた。
「 二人… 」
ゆっくり歩いて5分の道のり…くる時は、遠回りして30分以上かかった道のり…その間に、いろんな事を久しぶりに話したような気もするけど、何を話したかは、良く覚えていない…だけど、自分の家の玄関前までに来た時に、思い出す…きちんと、あの時にお礼を言ってなかった事を。だから私は言う。
「櫂…あの時、本当にありがとう…」
櫂はそう言った私を見る、そして手を伸ばして来て、あの時と同じ様に頭を撫でてくれた…私は、その手を振り払わずに、撫でて貰い続けた……
「ただいま〜」
玄関先で櫂と別れた私が、元気良く!ただいまの挨拶をして家に入る、居間には椛姉さんと由美子姉ちゃんがTVを見ていた。
「おかえり、亜衣ちゃん」
これは、椛姉さん…
「亜衣…遅いわよ、御飯冷めちゃったわ」
これは、由美子姉ちゃん…
「うん!ごめんなさい…あ〜お腹すいちゃった!」
そう言って、テーブルに用意されていた、私の分の御飯を食べようとしたけど…
「こらっ!外から帰ってきたら、手を洗ってうがいして…聞いてるの亜衣!」
真由美姉ちゃんの声を聞きながらも、御飯をパクつく私
「しょうがないわね、亜衣ちゃんは」
そのやり取りを見て笑って見ている椛姉さん、でも次の言葉を聞いた瞬間に、口に入れていた味噌汁を噴出した。
「ねえ、亜衣ちゃん?櫂君とのデート楽しかったの?」
噴出した味噌汁が、なかなか綺麗に広がって行く中で、私は咽ながらも聞き返す。
「椛姉さんなんで、知ってるの!」
ニコニコしながら、椛姉さんは答えてくれた…なんでも、私の帰りを気にして外に出たら、道の向こうから仲良く一緒に歩いてくる、私と櫂の姿を見えたそうだ…
「で、どうだったの?櫂君とのデートは?」
笑顔で聞いて来る椛姉さん…同じく笑顔だけど、どこか邪悪さが滲み出しているような気がする由美子姉ちゃんは、椛姉さんの後ろから聞いて来る…二人の姉の猛攻に対して、とりあえず私は笑って誤魔化す…幾らなんでも、一日中…櫂の奴の家で、ヌードモデルをしてました…なんて事を正直に言ったら、どうなるか位は想像できたから…
結局その晩は、お姉ちゃん達に散々からかわれた末に解放されたのは、夜の10時過ぎだった…途中でお風呂に入ったり、反撃を試みたりした結果だ…
「はぁ〜…疲れた〜」
それは、正直な感想だったが、疲れはしたけれども…とても楽しかった一日でもあった。
布団に潜り込んで、眼を瞑ればすぐに眠れそうな気がする…だけど、現実には今日の事を次々に思い出してしまい、なかなかに寝付かれない…
「ねえ…櫂…次は何時頃…モデルをしてあげたらいいのかな?」
蒲団の中で、そんな事を言って見る…顔が火照るのがわかる…顔を火照らせながら、私は何時の間にか眠りについたらしい…そして、夢の中で…
翌朝起きた時は、夢の中で起こった事は覚えていなかった。
覚えていなかったけど、とても楽しかった記憶だけがある、勢い良く起きた私は階下のへと下りて行く、そして既に用意されている朝食を思いっ切り食べ、歯を磨いて顔を洗って、元気よく飛び出した!
「 欲望と後悔 」
玄関の鍵を開けて家に入る、そして自分の部屋へと足早に駆け上がり、先程まで亜衣が、その裸体をモデルとしていた部屋へと入る櫂…
そして、櫂は本棚の隅に巧妙に隠し置いていたビデオカメラを回収する、そして再生ボタンを押した…カメラの小さなモニターには、服を脱ぎその美しい裸体を、惜しげもなく晒している亜衣の姿が映し出される…
櫂は、亜衣が来る少し前に、密かに録画スイッチを入れたビデオカメラを、ちょうど亜衣がモデルとして立つ場所へと向けていた。
それが、亜衣に対する裏切り行為になるとは判っていたが、中学生になったばかりと言う、ある意味性的な欲求と欲望に対して、抑えが効かない年頃である櫂は、悪い事であると知りながら、亜衣の裸を記録したくてビデオカメラを密かにセットしていたのであった。
結果は、予想以上に鮮明に映し出される、裸になっている亜衣の姿が記録されているビデオカメラが、手元にある…
だが、櫂は次の瞬間にそのビデオカメラを床に叩きつける、それなりに丈夫な機械であり衝撃に耐えられるビデオカメラであるが、叩き付けられた勢いはビデオカメラをただのガラクタへと帰るのに充分な勢いであった。
壊れてガラクタとなった元・ビデオカメラ…それを見て、櫂は呟く…
「ごめんなさい…亜衣姉ちゃん…」
ポタポタと落ちる涙が、壊れたビデオカメラの上に落ちて行く…
自分の嫌らしい欲望の末に考えて仕掛けたビデオカメラ…正確に言えば、ビデオカメラだけではなくて、機会があったら…亜衣姉ちゃんを襲って如何にかしてしまおうとさえ…想像して考えていた。
だけど、実際にこの部屋へと着てくれた亜衣姉ちゃん…厭らしい考えなんか知らないで、前と同じに乱暴だけど、とても優しくて…
柊家の三姉妹達に最初にあった時の記憶は無い、それほど昔からの付き合いだった…
優しくてお母さんみたいにふわふわして、良い香りがしていた椛さん…長い髪がとても綺麗で、その横顔に憧れた美由紀さん…乱暴で、何時も僕を殴っていた亜衣姉ちゃん…だけど、彼女たちの両親が事故で亡くなってしまい、少し経った頃に御参りに行く母さんに連れて来て貰った時に、偶然に見た亜衣姉ちゃん…一緒に遊んだ事のある柿の樹の下で、膝小僧を抱えて震えていた亜衣姉ちゃん…何時もとぜんぜん違うその姿を見た時に、僕は如何してあげたら言いの判らなくて、その頭にそっと手を置いてあげた。
僕の方を見た亜衣姉ちゃんは泣いていた…そして、僕に飛びつくようにして大きな声を出して、泣き出した。
飛びつかれた時に、柿の樹に後頭部をぶつけて朦朧となった意識の中で、抱き締めたあげている亜衣姉ちゃんがとても柔らかくて、脆くて、暖かくて…だから、思いっ切り抱き締めてあげる、壊れてしまうんじゃないかと思いながら…でも、けっきょく僕も気を失ったみたいだった。
その日からだろうか、僕は亜衣姉ちゃんの事が一番好きになった…でも、亜衣姉ちゃんが先に中学生になって、合う機会も減ってしまう…ようやく、僕も中学生となった時、亜衣姉ちゃんが所属している美術部へ入部したのは、偶然ではない…元々、絵を描くのが好きだった事もあるけど、一番重要だったのは亜衣姉ちゃんがいたからだった。
そして、偶然を装いながら、少しでも亜衣姉ちゃんの側に居ようと努力した…そして、先日…亜衣姉ちゃんと二人だけで美術部にいると言う機会に恵まれる。
前と同じ様に、僕をからかってくれる亜衣姉ちゃん…それは、嫌じゃなかった。
そして突然聞かれた事…
『ねえ、櫂…恋人と言うか、ガールフレンド…誰かいるの?』
聞かれた瞬間に、亜衣姉ちゃんに好きだと告白しようかと考えたけど…言えなかった。
だから、昔の約束を持ちだして、この場の事を誤魔化そうとした…だけど、どうして亜衣姉ちゃんに、ヌードモデルを頼もうと思ってしまったのか、冷静に考えると良く判らない…良く判らないけど、僕は亜衣姉ちゃんに頼んでいた。
暫しの沈黙…断られるのは当然で、それこそ亜衣姉ちゃんに嫌われてしまうと思ったのに、亜衣姉ちゃんは…えらく軽い口調で了承して、部室から笑いながら…昔と同じ様な感じで出て行った。
僕は驚きながらも、今の事が夢ではないかと信じられなくて…ほっぺた抓ったら痛くて、現実だと確認した瞬間に、腰を抜かしてしまった。
家に帰って、興奮を落ち着かせようとした僕に、両親が言う。
「親戚の御爺ちゃん(享年98歳)が、亡くなったのでお葬式に二人で行くから、日曜まで一人で留守していてね〜」
そして、そそくさと支度をした両親は、家を出て行った…後に残されるのは僕一人、そして明日は…亜衣姉ちゃんが家にやってくる…
神に感謝をしたらいいのか、それとも悪魔に寿命の半分でも捧げればよいのか、予想外の状況に僕はパニックを起こし始める…そして、同時に厭らしい妄想をし始める…
引っ張り出してきたビデオカメラを設置する位置を一生懸命に考える、そして頭の中で、想像の中で…亜衣姉ちゃんを…何回も強姦してしまった…
妄想中、嫌がっている亜衣姉ちゃんを押し倒して、キスをして、胸に触って、僕のチンチンを突っ込む…それなりに写真や本や、最近はインターネットの情報だとかで、SEXだとかの事はそれなりに知っていると思う…知っていると思う情報の範囲内で、亜衣姉ちゃんを想像中で押し倒して、犯した…何回も、その度に強く握り締めたり、激しく擦ったりして、刺激をあたえた僕のチンチンから、どろりとした液体が何回も出る、それが何なのかは知っているし、自分がしている行為も知っている…だけど止められなかった、明日の事を考えたら…
「 亜衣姉ちゃん 」
翌朝、亜衣姉ちゃんが家に来てくれた…素早くセットしたビデオカメラ、一応は茶の間で亜衣姉ちゃんと話をして、自分の心を落ち着かせる…そうこうしている内に、家に両親がいない事がばれてしまう。
おそるおそる、亜衣姉ちゃんに今日の約束の中止を聞いてみる…亜衣姉ちゃんは、豪快に笑っ高と思うと、僕の腕を掴んで二階の部屋へと上がって行く…だけど、僕は気がついた、僕の腕を握っている亜衣姉ちゃんの腕が、震えていた事に…
部屋に入るなり、突然に服を脱ぎ始める亜衣姉ちゃん!
想定外と言うか、まずはどうやって服を脱いでもらうかを考え(と言うか、妄想していた…いざとなったら力ずくで、約束だからといって無理やりにでも、服を脱がす気でいた…)ていた僕は、逆に驚いてくしまい、服を脱ぎ始めた亜衣姉ちゃんを止めてしまう。
シーツを手渡して、その中で下着とかを脱いでもらう…なんか、圧倒されているなと思ってしまい、改めて亜衣姉ちゃんに、本当にヌードモデルを頼んでもいいのかと聞いてしまう。
そして逆に怒られる、そして亜衣姉ちゃんがどんなポーズをして欲しいかと聞いてきた。
取り敢えずは、基本ポーズを指示して、その通りのポーズをしてもらう事にする…亜衣姉ちゃんは、勢いよくと言うか、恥かしげも無くと言うか、身に着けていたシーツをバッと脱ぎ捨てると、指定されたポーズを僕へ向けてとった。
逆にこっちが恥かしくなり、思わず下を向いてしまうが、何とか気を取り直して、一応は亜衣姉ちゃんのポーズをスケッチブックへと描いて行く…そして描きながら気がつく、微かに震えている亜衣姉ちゃんの身体を…
別に露出狂だとか、人に裸を見せるのが好きだとか…そんな変態な訳じゃない亜衣姉ちゃん、当然裸になってそれを人目に晒すの恥かしいだろうし、好きなわけじゃない…でも、震えるくらい嫌なのに、僕の前で裸になってモデルをしてくれている…突然に、自分が昨日考えていた事が恥かしくなる、そしてその恥かしさを隠す為に、僕は必死になって亜衣姉ちゃんの裸を…とても綺麗で、柔らかそうで…優しそうな身体をスケッチブックに描き上げる事に集中した。
途中で、何回かの休みや御飯を食べる…亜衣姉ちゃんは、一々服を着るのが面倒臭いと言って、シーツを被ったままで休んだり御飯を食べる、時々シーツの間から見える亜衣姉ちゃんの素肌が、スケッチをしている時以上に胸をドキドキさせるのが、なんだか不思議だった。
そして、夜になる頃にスケッチは終了となる、書き上げたスケッチブックの中にある、亜衣姉ちゃんの姿…亜衣姉ちゃんは、それを背中越しに見る…背中に当たる、亜衣姉ちゃんの胸が僕をドギマキとさせてくれる……
亜衣姉ちゃんを家へと、送ってあげた帰り道、僕は家へと懸命に走る…そして、隠して置いたビデオカメラを回収して、その中を見た…
叩き壊されたビデオカメラに落ちる僕の涙…こうしなければ、だめだと思った…亜衣姉ちゃんを裏切ったんだから…
(ただ、余談になるが壊したビデオカメラは、当然僕のものでは無くて、両親のものであった…カメラを壊した事が発覚した後、僕のお小遣いが半年の間、半分にされてしまうと言う事は…考えていなかった)
そして僕は、柏木家がある方向へと向き直る…そして…
「ごめんなあさい!亜衣姉ちゃん!」
その場に正座をして、床へ頭を叩きつけるような勢いで何度も土下座をし始めた…
「 決心…だが… 」
二日後の月曜日…、学校へと向かう道のり…後からぽんと肩を叩かれ、振り返った櫂の目に写ったのは亜衣の姿であった
「おはよう!…あれ?その頭どうしたの?」
振り向いた会の頭と言うか、オデコのあたりに湿布薬が張られていた…
「えっ…いや、昨日風呂場で転んで…」
「ふ〜ん、気をつけなさいよ」
そう言って、先を歩いていた友人を見つけた亜衣は、その娘に駆け寄って行く…後に残された櫂は、小さな…亜衣に聞えないように言った。
「亜衣姉ちゃん…ごめんね」
そして、先をあけて行く亜衣に追いつくために駆け出した…駆け出しながら櫂は誓った!
「僕が、亜衣姉ちゃんの騎士になって、守ってやる!」
だが、その誓いは守られる事無く、亜衣はその肉体を欲望の生贄として、ある男に凌辱されてしまう事になる…無論、その事を櫂は知る由も無い…当の本人たる亜衣も予想すらしていない事なのだから…
章之五・・・『 亜衣 』 おわり
章之六・・・『 亜衣〜其の弐 』へ つづく
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