第 弐 章


                          
「 夏祭の夜 」


                               
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 祭囃子の笛の音と太鼓の音が緩やかな風に乗り流れている、何所かで行なわれているカラオケ大会出場者の調子外れの歌声が聞こえてくる、威勢のいい夜店の親父の啖呵売の声が聞こえる、子供たちの楽しそうな声が夜店を彩る、そんな祭特有の喧燥とざわめきの中で山本小夜は一人たたずんでいた。
 お祭りの夜店が並び出し始める入口付近に立っている小夜は、視線を入口の方へと時折向けながら、か細く華奢な腕に巻かれた……両親が入学祝にと中学の時に買ってくれた腕時計へと視線を向け、何度目かの同じ言葉をつぶやくように言う。
「トモちゃん、遅いな……」
 彼女、山本小夜は親友の宮沢智子に誘われて、夏祭を一緒に見るために約束をしたこの場所で待ち合わせをしている。淡い藍色にちりばめられている小さなイチョウ柄と言う、どこか夏と言うよりも秋を連想させる浴衣を着て(それは身体があまり丈夫ではなく、夏をあまり好きと言えない小夜にとって、精いっぱいの自己主張であったのかもしれない)小さなポーチを片手に持ち、お風呂上がりの洗いざらした長い髪を二つに振り分けてその先端を藍色のリボンで結んでいる、そんな石鹸の香りをほんのり漂わせながら、風呂上がりの風情をかもし出す小夜の姿は、本人の思惑はともかくとして、他の人の目にはなかなかに艶っぽく映っていた。事実もし待ち合わせ場所が臨時派出所横の樹の側などと言う無粋な場所でなかったら、ナンパ野郎どもが小夜に声をかけまくってた筈であろう。
「ふうー」
 思わず小夜は小さなため息をもらす、藍色のリボンで結んだ長い髪を撫でる様に触れながら、ひとり言を言う。
「本当なら花山さんと来たかったな、でも……」
 小夜は思う、(やっぱり、私に勇気なんてないのかしら……)とっ
 夏休みに入る前、学校から一緒に帰ったときに一言、そう一言……
『もしもよろしかったら、私と神社でおこなわれる夏祭を一緒に見て歩いてくれませんか?』
 そう言える勇気が私にあったなら、今頃はひょっとしてと、そう思ってしまう。そんなことを考えていると思わず、ため息が出てしまう小夜であった。
 再び溜息を吐きながら小夜は思う、どうして彼を好きになったのだろうか? と、特に美男子だと言うわけではない(でも、私は彼の笑顔が大好きだ)頭が良いわけでもない(でも、彼は優しくてあたたかい)何かスポーツのヒーローと言う訳でもない(でも、私にはどんなヒーローよりもすてきに思える)小夜は、もう一度溜息を吐く……そして思いだす。彼を初めて意識した時の事を……

 そう、あれは去年、入学式が終って数週間たった日の出来事だった……


                              
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「こんな性格じゃ、お友達なんか、できるわけないだろうな……」
 学校からの帰り道、小夜はそんな事を呟く、小さな頃から病弱で、身体的に他の人達に着いて行く事が出来なかった自分、大きくなり、それなりに身体が丈夫になっても、人付き合いの仕方が分からず、友達と呼べる人をつくることが出来なかった。
 おともだち……幼稚園時代、小学校時代、中学校時代、そして今、これまで生きてきた十数年の自分の人生において一人も得られなかったモノ、熱を出してベッドで寝ている小夜には、ベッドに横たわりながら読んでいた本だけが友人であり友達と言えた。
 そして、それは高校に入ってからも変わらなかった。
 高校に入り、何とか心を許せる友人を得たいと自分なりに努力をしたつもりであったが、どうしたら友人が出来るかすら解らずに、入学以来……教室の片隅で一人だけで寂しく本を読んだり、お弁当を一人だけで食べると言う様な毎日でしかなかった。

「あれっ?」
 溜息を吐きながら道を歩いていた小夜の目に何かが止まる。広い道路の真ん中、中央分離帯の側に何か薄汚れた塊があった。
(あっ! 見ちゃ駄目だ!)
 小夜はそう思った。しかしその思いとは別に目は、その薄汚れた塊を注視してしまう。
 その薄汚れた塊は、犬だった。まだ小さな、そう仔犬と言って良い犬、それがグッタリと路上に横たわり、その身体の下にはどす黒い血溜りがある。車にでも跳ねられたのであろうか?
 小夜は、その仔犬から視線を外せなくなる。だが心の中で、何にも出来ない自分許してと謝りながら、足早にその場を離れようとした。しかし最後にその犬の方に目を向けた瞬間、犬の尻尾が微かに動いた気がついてしまう。
「あ、まだ、生きている」
 もはや小夜は、その場を離れる事が出来なくなる。まるで助けを求めかのように微かに動く尻尾、小夜は助けを求めるかのように周りを見渡す。
 歩いている人は何人もいた、犬を見ている人もいる。しかしほとんどの人は犬から視線を外すと足早にその場から逃げるかのように歩み去り、そして後には小夜だけが残される。
 ガードレールの向こうは激しい車の流れ……小夜は迷う……ほっておけない……あの仔犬を助けたい……何とかしてあげたい!
 やがて小夜は、うずくまる仔犬を迷いのないしっかりとした眼差しで見ると、カバンを歩道に置きガードレールに手をかけて乗り越えようとする。
「ほい、これ持ってて」
 ガードレールを乗り越えようとした小夜の眼前に、ガードレールを乗り越えようとする小夜を押し留めるかのようかの様に、突如としてゴツイ学生カバンが差し出される。
「え、あっ……はい」
 反射的にそのカバンを受け取ってしまった小夜の目の前を、学生服を着た男が(小夜の通う高校の学生服を着ている)車の列を器用に躱しながら仔犬の所まで駆寄って行き、たどり着くと仔犬をポケットから出した大きなハンカチで包みこみ、そっと抱き上げて、また車の列を器用に避けながら小夜の方に戻ってくる。
 そしてガードレールを再び乗り越えて小夜の前に立つ、小夜よりも首一つくらい大きいその男に抱かれている仔犬を覗き込むようにしながら小夜は問いかける。
「犬……大丈夫ですか?」
 問いかけられた男は、何とも言えない……少しだけ悲しそうな顔を小夜に向け、小夜の視線から仔犬を隠しながら言う。
「見ない方が、いいよ」
 そう言うと男は仔犬を抱いたまま歩き出す。小夜はそんな男の後を黙って着いていった。

 やがて男は近くの小さな公園に入ると、樹の下の静かな場所に仔犬を抱いたまま腰を下ろす。小夜は、鞄を抱いたまま男の傍らに寄添うように立ち、男はそんな小夜を見上げていう。
「同じ死ぬのなら、あんな道路の真ん中のうるさくて嫌な匂いのする場所で死んで、ゴミや何かと一緒に捨てられるより、ここで静かに死んで行く方が、まだ多少はましかなと思ってね……勝手な考えだけど、こいつはどう思っているのかな……」
 小夜は男を見つながら、何か言わなければと思うが、でも何を話したら良いの言葉が出こない……だから小夜は、男と子犬を見つめたままたたずみ続ける……そして不思議な沈黙の時間だけが過ぎて行く……

「え〜と、砂場の子供からスコップか何かを借りてきてくれる?」
 しばらくして不意に男が小夜に話し掛ける。男の腕の中に抱かれていた仔犬は静かに、そう静かになっていた。悲しそうな顔を浮かべながらも小夜は、コクリと頷いて砂場の子供からスコップを借りてくる、何人かの子供たちも小夜の後ろからついてきた。
 男は樹の根元に小さな穴を掘ると、その穴の中にハンカチで包んだ仔犬を横たえ、土をそっと被せていく。
「本当は、こんな所に埋めたりしたらダメなんだろうけどね」
 男は小夜を見ながら言う。そんな男に小夜についてきた子供たちが、不思議そうな顔をして聞いてくる。
「わんわんちゃん、しんじゃったの?」
 そんな子供達に男は笑みを……それは本当に優しく暖かな笑みを浮かべて言う。
「そうだよ、でもね、ここならわんわん、静かに眠れるから、みんなもわんわんにさよならしてあげると良いよ」
 子供たちはコクリとうなずく。
「バイバイ、犬さん」
「わんわんちゃん、おやすみなさい」
「いいこでねむってくださいね」
 子供たちはめいめいに何事かを言いながら仔犬にお別れを言う。わざわざ何所からか花を摘んできて仔犬の埋められた所に供えていく子供もいた。
 やがて子供たちは公園の中に戻っていき、後には小夜と男だけが残される。
「あの……やさしいんですね」
 仔犬の墓? の前でしゃがみ込んでいる男を小夜は見て言う。そんな小夜の言葉に男が少し困ったような顔を向け、そして何か考えるような顔をしながら大きく息を吐くと小夜に聞いてくる。
「ふ〜……あのね、俺が最初にあの犬を見た時にどう思ったか、君に解る?」
 男の意外な問いかけに小夜は戸惑う、男の言葉の意味がよく解らなかった。戸惑う小夜に男は、続けて言う。
「最初に見た時、あちゃ〜、こりゃ嫌なもんを見ちまったな……そう思ったんだ」
「でも!」
 小夜の言葉を遮り、さらに話す。
「それで気分が悪いから見なかった事にして、さっさと通り過ぎようとしたら、君の姿が見えちまったんだ……仔犬を助けようと車が行き交う道路に飛び出そうとしている君の姿がね」
 小夜は首を振りながら何か言おうとする。自分も同じだと……私も見なかった事にして、その場から逃げ出そうと思ったと……でも、その事をどう言えば良いのか、何と言ってこの人に伝えればよいのか……自分でも解らず、言葉は出てこなかった。
「その時、何て言うのかな? そう、自分が急に恥ずかしいと言うよりも、自分自身に腹が立ってきて、自分でも気がついたら、道路を渡り仔犬を抱いて君の所まで戻っていたんだ」
 小夜は首を激しく左右に振りながら、同じ言葉を繰り返す。
「でも、でも……」
 男は笑いながら立ちあがる。
「だから、俺は別に優しいわけじゃない、本当に優しかったのは俺じゃなくて、仔犬を一番初めに助けようとしていた君の方だと思う」
 男は小夜から離れ、水飲場まで歩いていくると手を洗い始める。やがて洗い終えるとポケットからハンカチを出そうと探すが、ハンカチを犬と一緒に埋めた事を思い出しのか、男は苦笑しながら服で手を拭こうとする。
「使ってください」
 顔を俯けながら小夜はハンカチを男に差し出す。男は差し出されたハンカチを見ながら言う。
「いいよ、もう服で拭いたから」
 男は差し出されたハンカチを遠慮する。しかし小夜は男の手にハンカチを強引に押しつけるように手渡すと、何かを吐き出すような声で言う。
「御願いします! 使ってください、だって私も、私も……だから、御願いします!」
 小夜が男を見上げるようにしながら言う。男の目に、きつく歯を食いしばりながら、眼鏡越しに涙を溜めた小夜の瞳が映る。小夜が男の手にハンカチを無理やりに手渡し、逃げ出すように走り去る。
 自分が泣いているのが解った……恥かしかった……ただ恥かしく、悔しくて……でも、それだけではない別の不思議な感情……それに戸惑い小夜は、ハンカチを男の手に残して逃げるように走り去った。
 そして後には、小夜から手渡されたハンカチを掴んだまま呆然とした男と、小夜が立っていた場所に落ちている小さな手帳が残された。


                               
V


 翌日の教室の中……昼休み、小夜は何時もの様に一人ポツネンと御弁当を食べていた。
 いまだに小夜は昼休み一緒に御弁当を食べてくれる友達すら作る事が出来なかった。母が身体の弱い小夜の為に少しでも食べやすい様にと、食欲が出るようにと丹念に心を込めて作られた御弁当は、けして美味しくないわけではなかったが、一人で食べる御弁当は、寂しさが食欲をなくしあじけない物にしていた。
 そんな昼休み、不意に教室のドアが威勢良くガラリ!と開かれ、大きな声が教室に響き渡る。
「おーい! このクラスに山本小夜って娘いるだろ?」
 不意に呼ばれた自分の名前、小夜は驚いたような顔をして声のした方を見る。そこには昨日の彼がいた。
 目と目が合う、彼は教室の中に入ってきて、昨日見せた優しそうな笑顔を浮かべながらポン! と何かを小夜の前に置く。
「はい! 落とし物、探さなかった?」
 目の前に置かれたのは、小夜の生徒手帳だった。
「え? これ?」
「君の落とし物だろ? 昨日、君がいなくなったあと公園に落ちてたんだ。で、悪いと思ったけど中を見せてもらって、君が同じ学校の同級生だって知って、こうして届にきたんだ……迷惑だったかな?」
「いえ、迷惑だなんて、あの、その……こちらこそ……すみません、ありがとうございます」
 小夜は真っ赤になって礼を言う、別に見られて恥ずかしい事を書いているわけではない……筈だと思うけど、それでも何となく恥ずかしかった。
「んで、昨日貸しもらったハンカチなんだけど……」
 彼が少し困ったような顔をして、ポケットから何やらゴソゴソと取り出す。
「?」
「ごめん! せめて洗濯して返そうと思って!」
 そう言いながらポケットから取り出した小夜のハンカチを、パッと広げて小夜に見せる。 ハンカチの真ん中にはアイロンの形をした焼け焦げがクッキリとあった。
「?……プッ!」
 一瞬、呆気にとられた小夜が吹き出す。可笑しかった、焼け焦げたハンカチではなく困ったような、子供のような顔をしている彼の姿がたまらなく可笑しかった。
 相変わらず情けない、困ったような顔をしている彼に向かって小夜が笑いながら言う。
「いいえ、気にしないで下さいね。ぷぷっ……そのハンカチは、もう古くて処分しようと思っていた物ですから、気にしないで下さい」
 小夜の言葉には嘘がある。そのハンカチは、小夜が持っている何枚かのハンカチの中でも、かなりお気に入りの物であった。しかし彼の困ったような、少々情けない顔を見ていると(まっ、いいかな?)そんな気持ちになってくる。
 小夜の言葉に彼は少し安心したような顔をした彼が、それでも今度別のハンカチを買って返すとぺこぺこと謝りながら言い、それに小夜は気にしないで下さいと言い続けた。
 それから少しの間、彼と小夜は話しをする……彼の名は、花山大吉、同級生で隣のクラスの1年A組にいると言う。やがて彼は『じゃ!』と言いいながら教室を出て行く、その後姿を何とも言えない、嬉しそうな笑顔で見送る小夜がいた。
「ねえ、いま騒々しい人って……もしかして、あなたのBFなの?」
 不意に肩をトン! と叩かれ振り向いた小夜に話し掛けてくる娘がいた。
「えっ? えっ? ええぇぇー?」
 突然の事に驚いたような声を出す小夜に、その娘は元気そうな笑顔でニコニコと笑いながら話しかけてくる。それが初めてのお友達……いいえ、親友の宮沢智子ちゃんとの出会いでもあった。
 真っ赤になりながら智子に小夜は昨日の事を話す。智子は興味深そうに小夜の話を聞きながら、同時にいろんな事を聞き返してくる。そしていろんな事を話しだす……何時の間にか智子は、自分の食べかけの御弁当を小夜の席に持ってきて、小夜の御弁当とおかずの交換などをしながら沢山の事を話しだす。そして気がつけば小夜は智子に連れられて人の輪の中にいた。たわいのないお喋り、角のケーキ屋の話題、流行の服の話題、女の子同志の秘密……それは今まで、小夜が知らなかった世界、それは今まで読んでいた本の世界とはまるで違う…そして新鮮な、ドキドキとするすてきな御話、すべてが夢のような出来事に思えた。
 やがて小夜は、花山大吉と話しをした事をきっかけに、彼が所属している演劇部に入部するが、この時点では小夜は気がついてなかった。彼の事を……花山大吉と言う男性の事が好きになっていた事に、皮肉な事に彼を好きだと言う自分の気持ちに気が付いたのは、一年近くたった今年の春に、彼の自身の口から、おつき合いをしていると言う彼女……相沢美穂さんの事を聞いた時であった。
 部活の合間に、彼女の事を楽しそうに話す花山さんの姿……私は、話しを聞いてるうちに辛くなっていく、そして私は気がつく、私は花山さんの事が、出会った時から好きだった事を……私は、その夜、彼の名前を呼び枕を濡らした……
 それから暫くして、花山さんと相沢さんの仲が上手く行ってないと言う話しを聞いた時、心のどこかで喜んでいる自分がいる事に驚き、自分を嫌悪する。自分は、なんて酷い娘なんだろうと……
 そのせいもあって、私は花山さんに声をかける事が出来なかった。
『もしもよろしかったら、私と神社でおこなわれる夏祭を一緒に見て歩いてくれませんか?』
 その一言を言う事が出来なかった……
 そんな自己嫌悪で、落ち込んでいる私を励ますかのように、智子ちゃんがお祭りに私を誘ってくれた。そして私は、ここで智子ちゃんを待っている。


                             
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「それにしても智子ちゃん、遅いな……」
 小夜は再び腕の時計へと視線を向けて時刻を確かめる。約束の時間をもう三十分以上も過ぎている。携帯電話で連絡を取ると言う手段が無い訳でもないが、肝心の携帯を小夜は自宅に忘れてきていた。
 親から用心の為にと携帯を渡されていたものの、友達がいなかった(今もそれ程多くはないが)小夜は、携帯を常に持ち歩くと言う習慣がほとんどなく、今日も鞄の中に入れていた携帯を、手に持っているポーチ袋に入れるのを見事に忘れしまい、携帯を持ってきていない事に気がついたのは、つい先程……智子の携帯へ連絡を入れようと思った時の事であった。
「どうしたのかしら智子ちゃん、ひょっとしてもう縁日の方に行ったのかしら」
 小夜は、少し迷ったが縁日の方に智子を捜しに行く事にした。もし智子が居なかったとしても、またこの場所に戻って来れば良いし、ただ待っているのにも少々飽きてきたからだ。
 この世の中には、もしもと言う事が有る……そう、ここでもう少し小夜が智子を待っていれば、小夜の運命変わっていたかもしれない、なぜなら小夜が智子を捜しに縁日の方に行ったすぐ後に、祭りの会場へと向かうバスの事故によって、約束の時間に遅れた智子が待ち合わせ場所に慌ててやって来て、小夜を一時間以上待ったが結局会えずに家に帰る事になるのだった。もしバスが遅れなかったら、智子がもう少し早く着いたなら、小夜がもう少し待つ付けていたら、小夜のこの後の運命……小夜だけではなく、智子や他の人々の運命も大きく変わっていた筈であった。
 そう……人の運命は、いつも偶然に支配される物である。

 縁日のざわめきの中を小夜は歩いていた。小夜の性格としては、この様な人混みの中を歩き回ると言う事は、それほど好きな訳ではない、けれども親友の智子ちゃんと一緒ならば、ざわめきと喧騒の中であっても、一緒に露天を見て歩くと言う行動は、初めてでもあり楽しみな事であったろう。
 小夜は、あたりをキョロキョロと見ながら歩く……智子の姿が無いかと捜し求めて……
「智子ちゃんやっぱりいないみたい、待ち合わせ場所に戻ろうかしら」
 小夜は智子との待ち合わせ場所に戻ろうと歩き始める、とっその時一人の男の姿が小夜の視界にはいって来た。
「花山さん!」
 小夜は思わず物陰に隠れる。そしてひとり言を自分に言い聞かせるかのように言う。
「いい、小夜これはチャンスなのよ! そう、あの時言えなかった一言を今、勇気を出して言うのよ……私と一緒にお祭りをみませんか! とっ、よし!」
 小夜は大きく深呼吸をしドキドキしている胸の動悸を押さえて、さも偶然とでも言うように(とはいえ顔を真っ赤にしており、ギクシャクと両手両足を一緒に動かすと言う、出来損ないのロボットの様に動く姿を見る人が見れば本当に【偶然かっ!】と突っ込みを入れてしまいそうになるほどに、ぎこちない動きではあったが)彼に近づいて行き声をかけようとした。
「あの、はなや……」
 その時になって小夜は、初めて気がついた。彼の横にいる女性の存在に……
「関根……志保……さん?」
 そう、確か花山さんのクラスメートで、彼とは幼なじみの女の子、スポーツ万能で成績優秀その上誰もが認める……美人だ。
 二人は金魚すくいをしながら何事か楽しげに話しつつ微笑みあっていた。そんな二人を見ているのは、小夜にとっては拷問に近いものがあり、なぜかしら目に涙が溜まってくるのがわかる。そして小夜は、二人に背を向けるとその場を逃げるように走り去る。
 見られたくなかった、そして見たくなかった、こんな自分をこんな惨めな自分を、そして他の女性に優しく微笑む彼の姿を……そんな小夜の足は自然に人混みを避け、一人になれる場所……人気の無い神社の裏側へと向かった。
 夢中で走る小夜に、歩いていた男がぶつかる、その拍子に小夜は持っていたポーチを取り落とす。
「きゃぁうぅ!」
 ぶつかった男がポーチを拾い上げて小夜に手渡す。
「お嬢さん、お気おつけなさい、危ないですよ」
 手渡されたポーチを受け取りながら、涙の滲んだ瞳で小夜が礼を言う。
「すみません、失礼します」
 小夜にポーチを手渡した男が、呆然と走り去る小夜を見送る、その表情は迷いとそれ以上の驚きが強く出ていた。呆然としている男に連れの男達が話し掛ける。
「おい! どうしたんだ拓哉?」
「ふっ! ふふふっ……はははぁぁっっ……!」
 突然に笑い出した拓哉に他の男達、大川隆二、木島惣一の二人が驚いたような声で言う。
「おい! どうしたんだ、急に笑い出して」
 やがて笑いを収めた拓哉が、深い溜息とも深呼吸とも言えない息を吐き出して言う。
「今日の獲物は先程のお嬢さんにお願いしましょう。いいですね二人とも、それでは行きましょうか?」
 拓哉が小夜の走り去った方へ足を進める、残りの二人も肩をすくめ、拓哉の後をついて行く、いま見た新たな獲物をどのように楽しむか想像し、欲望に股間を膨らませながら……






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